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第60話
俺は預かっている合鍵を使って、唯人の家に入った。
ここに来るのは三日ぶりだったが、部屋は荒れていた。
ソファには脱ぎ散らかしたスーツが溜まり、キッチンには食べ終わったカップラーメンとゼリー飲料の空箱が積まれている。
三日前と同じ状況に俺はため息をつくと、大きなごみ袋を広げた。
唯人から帰りは遅くなると聞いていたので、俺は先に風呂と食事を済ませ、唯人の分の夕飯はラップをかけて、机の上に置いておいた。
大きなベッドで本を読んでいるうちに抗いがたい眠気がやってきて、俺はそのまま目を閉じた。
抱きしめられた感触で意識が浮上する。
「唯人?」
寝ぼけた声で名を呼んだ。
「ごめん。起こしちまったな」
俺は寝返りをうつと、唯人の腕の中で向き合った。
「おかえり。シャワー、浴びたん?ちゃんと髪、乾かさないと風邪ひくぞ」
俺がしっとりと濡れた唯人の頭に触れると、唯人は気持ちよさそうに目を閉じた。
「いや、外雨降ってて。傘持ってなかったから、結構濡れた」
「えっ、風呂入らなくて平気かよ?」
「ああ。汚いよな。悪い。それでも疲れちまって。住友(スミトモ)の奴、あり得ない量の仕事押しつけてきやがるから」
唯人が自分の秘書に悪態をつきながら、大きなあくびをした。
「汚いとかは思わないけど、大丈夫?寒くない?」
唯人が俺をぎゅっと抱きしめた。
「和希と一緒ならどこにいても暖かいよ」
そう呟いて、唯人はすぐに寝息をたて始めた。
俺は唯人の額にかかった前髪をそっと指でどかした。
唯人は就職してから丸一日休みという日は、ほとんどなかった。
いつも早朝から出かけていき、こうやって深夜に帰宅する。
唯人が接待で酔っ払った日にぽろりとこぼしていた。
「俺、いきなりの役員待遇だったろ?周りからは使えない坊ちゃんが親のコネで入社してきたって迷惑がられてるのは分かってるんだけど、やっぱ悔しくてさ。住友の渡してくる資料に、目を通すだけで俺、本当は一杯一杯なんだ。でもできないとか言うのかっこ悪いじゃん。だから今はただ必死に仕事して。いつかちゃんと周りに認めてもらえたら、最高なんだけどな」
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