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第67話

「それでどうなんだよ?あいつとは」  通彦さんが小声で問い、電話で話している唯人の方に向かって顎をしゃくる。 「どうって、別に普通」 「いじめられたりしたら、俺に言うんだぞ」 「やめてよ。小学生じゃあるまいし」  俺が笑うと通彦さんは真剣な表情で俺を見つめた。 「本気で心配してるんだよ。あいつは我儘なお坊ちゃんだろうから、優しい和希が我慢しているんじゃないかって」 「我慢なんてしてないよ。唯人はお坊ちゃんだけど、一日中寝る時間も惜しんで働いて、愚痴も零さず頑張ってる。確かに初対面の時、あいつは通彦さんに対して感じが悪かったけど、本当は努力家で、悪い奴じゃないんだ」 「和希」  必死になって言い募る俺を見て、通彦さんが呆然とした表情になる。 「ごめん、俺……」 「いや、俺の方こそ悪かった。いつまでも和希のことを子供扱いして心配しすぎた。うざかったろ?ごめんな」 「そんな、うざいなんてあるわけない。俺、本当に通彦さんのこと頼りにしてるんだよ」 「へえ。そんな頼りにしているんだな」  電話が終わったのか、自分の席に座りながら唯人が会話に割りこんでくる。  驚いた俺はびくりと肩を揺らした。 「唯人、大丈夫だった?」 「ああ。ちょっと仕事で、面倒がおきて」  ちょうどその時親父がリビングに戻ってきた。  唯人は立ち上がると、親父に頭を下げた。 「すみません。せっかくの楽しい時間の最中に申し訳ないんですが、仕事でトラブルが起きまして」 「ああ、そうか。残念だな。ぜひ泊まっていって欲しかったのに」 「すみません」  俺は急いでキッチンに向かうとアップルパイのホールを半分に切って、玄関にむかった。  唯人を車まで見送る。 「これ、良かったら食べて。アップルパイ」 「ありがとう。仕事中に食べるな」  俺は唯人のスーツの腕に触れた。 「仕事、大変だろうけど、頑張って」 「ああ」  唯人が俺に微笑む。 「そうそう。頑張って馬車馬のように働いて、家政婦10人は雇って早く和希を楽にさせてやってくれ」 「通彦さん」  背後を通彦さんが通り過ぎ、片手を上げた。 「俺も今日は帰るな。和希、飯美味かったよ。ご馳走様」 「あっ、また」  通彦さんに返事をしようとした俺のおとがいを掴み、唯人が口づける。 「和希は俺のことだけ見てて」  いつもなら「ふざけんな」と言ってしまうような言葉なのに、俺は何故だか頬を染めてしまう。  切ない表情をした唯人の唇が近づき重なる。  誰に見られるか分からない状況なのに、俺は抵抗もしないで唯人の甘い唇を味わった。

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