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第75話

 唯人の家に着いた俺は、わざとインターホンを鳴らさずに、静かに扉を開けた。  唯人が寝ていた場合、起こしたくなかったのだ。  玄関には唯人の革靴と、見慣れないスニーカーが揃えてあった。  耳を澄ませると、奥から話声が聞こえる。  誰か来ているならこのまま帰るべきかと逡巡していた俺の耳に「和希」という単語が飛び込んだ。  俺は靴を脱ぐと、静かにリビングに近づいた。 「それでこのままずっと久我山には隠し通すつもり?」 「そうだ。何にも問題ないだろう」 「問題ないねえ」   春日はそう言うと視線をぐるりと回した。  ちょうどリビングのガラス製の扉の向こうに立っていた俺と目が合う。  俺は息を飲んだ。  にやりと春日が笑う。 「本当に問題ないって思っているのかよ。このまま久我山に真実を言わずに、お前の良心は痛んだりしないわけ?」  立っている春日よりも更に奥の椅子に座る唯人は、俺の存在に気付いていないようだった。  唯人は春日の話を眉間に皺を寄せ、聞いている。 「恵一。お前が良心だなんて笑わせるなよ。一体、何でそんなことを今更言うんだ。俺達はこんな実験何度も飽きるほど繰り返してきただろう?急に俺の良心に訴えるなんて、何を企んでるんだ」 「企んでるなんて、酷いなあ」  春日が背後の俺をちらりと見る。  わざと唯人の視界から俺を隠すように、春日は立ち位置を変えた。 「ただ唯人のことが幼馴染として心配なだけだよ。久我山は潔癖な性格をしていそうだから、もしお前が久我山をアルファからオメガに変えた犯人だと知ったら許さないんじゃないか。そう思ってさ」 春日は一体何の話をしているんだ。 唯人が俺をオメガに変えた?  俺は今すぐに扉を開けて唯人を問い詰めたいような、踵を返して部屋から立ち去り全て忘れてしまいたいような、相反する気持ちの間で揺れていた。

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