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第76話
「馬鹿な。第一、そんなことはあり得ない。お前だって言っていただろ?性差を変えられる能力がある人間がいるなんて話、誰が信じるんだって。和希だってそんな話聞かされたって、信じやしないよ」
「でもさ、例えば唯人の親族には不思議な力を持つ人間が過去何人にもいて、唯人はその能力を受け継いでるって話したら……」
「そんなオカルト話、誰が信じるんだよ」
「そうかなあ。じゃあ唯人の母親や担任、同級生の性差が変わっていることを話したらどうだろう?偶然じゃ片付けられない人数だよね?」
「恵一。お前何が言いたいんだ?まさか俺のことを脅しているのか?目的はなんだ。金か?」
ぞっとするほど低い唯人の声とは対照的に「ははっ」と軽い春日の笑い声が聞こえた。
「酷いなあ。俺の家だって唯人の家ほどじゃないけど、それなりに裕福なんだぜ?金なんて十分すぎるくらいだ」
「じゃあ、何を……」
「スリルだよ。お前が何人ものアルファをオメガに変えた時、俺はいつも興奮していた。お前が全知全能の神になったように感じてね。そして全てを知っている俺自身もさ。だけど、最近唯人は変わってしまった。俺とちっとも遊んでくれない」
春日はゆっくりと唯人に近づいていった。
座っている唯人の傍にしゃがみこむ。
「なあ、もう一度あの興奮を一緒に味わおうぜ。あの実験はどんな薬よりも俺を天国に連れて行ってくれた。なあ、唯人、もう一度俺達で」
春日が唯人の手に触れた。
唯人がその手を払い落とす。
「断る。今俺は和希のこと以外どうでもいいんだよ。実験だって俺は本当は後悔しているんだ。他人を傷つけるようなあんな真似、俺はもう二度とやらない。するべきじゃなかったんだ」
「ふうん。自分だけいい子ぶるんだ。後悔したからって唯人の過去のおこないが全て消えるわけじゃないんだよ?」
ゆらりと春日が立ち上がった。
俺の方に来ると、扉を開ける。
「ねえ。全部聞いてたんでしょ?許せる?唯人のこと」
俺は何も言えなかった。
ただ目を見開いて、立ち上がった唯人と目を合わせる。
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