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第77話

「和希」  唯人が俺の名を呼ぶ。 「許せるはずないよねえ」  春日が優しいとも思える表情で俺に語りかける。 「春日、唯人と二人きりにしてくれないか」 「了解」  春日は何が楽しいのか軽やかな足取りで俺の脇を通り、玄関に向かった。  オートロックの閉まる音が聞こえる。 「和希」  唯人が呆然と呟く  俺は唯人の前までゆっくりと歩いた。  立ち止まり、唯人の顔を見上げる。 「全部、ちゃんと説明しろ」  俺の言葉に唯人が小さく頷く。 「分かった」 「話しても、俺がそれを信じるかは別だぜ。さっきの春日の話が本当なら、お前は信じるに値しない人間らしいからな」  唯人の顔色が紙のように白くなる。  俺はリビングの椅子の一つに腰かけた。 「さっさと話せ」  唯人は肩を落とすとテーブルを挟んで俺の前に座った。  そこからの唯人の話は俺には到底信じられないものだった。  母親や同級生のアルファを実験と称して次々にオメガに変えていく。  聞いていて吐き気さへ覚える。  嘘であればいいと、何度も願った。  しかし唯人がこんなバカげた嘘をつく必要はどこにもない。  そうすると必然的に唯人は全て真実を語っていることになる。  俺がどれだけそれが嘘であればいいと願ったとしても。  それは真実なのだ。 「和希をオメガにするかはもちろん悩んだよ。でもそうでもしないと、和希が許嫁と別れて俺と付き合ってはくれないと思ったから」  俺は堪りかねて、手を挙げて唯人の話を遮った。 「お前さあ。そんなくだらない理由で俺のことオメガにしたのかよ」  俺は唯人を睨みつけた。 「そんなくだらない理由で俺の未来をめちゃくちゃにしたのかよっ」 「でっ、でも和希。今、幸せだろ?親父さんの後を継ぐより、好きな菓子作りもできるようになって。許嫁だって、俺の方がよっぽど和希のことを愛しているし」 「愛?」 「そうだ。俺は和希を愛してる。だからこんなことしちまったんだ。簡単に許されるなんて思ってない。だけど」  俺は拳をガンっとテーブル打ちつけた。 「愛っていうのはそんなんじゃない。俺は愛している相手を苦しめるようなことは絶対にしない。お前の愛はただのエゴだ。母親をオメガに変えた時から、お前の性格は変わってない。救いようがないガキなんだよっ」 「和希。本当にごめん。ごめんなさい。もう二度とこんな事はしない。金輪際、力は使わないって約束する」  テーブルに付くくらい頭を下げた唯人を俺は冷めた目で見つめた。

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