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第79話

 どこをどうやって自分のマンションにたどり着いたか、俺は全く記憶がなかった。  気付いた時には、暗い部屋で一人、フローリングの床に座りこんでいた。  顔を上げると、窓の外にはハイボールみたいな色の満月が輝いている。  かさりと音がし、右手を見ると、ビニール袋に入れたアップルパイの箱があった。  俺はその箱を開けると、中のアップルパイにそのままかぶりついた。  しゃくと歯ごたえのいいパイ生地を頬張る。  どうしてこんなことになったんだろう。  本当は今頃、唯人と一緒にこれを食べているはずだったのに。  俺の頬を大粒の涙がつたった。  俺はそれを拭いもしないで、アップルパイを食べ続けた。  俺はこれを食べて笑顔になっている唯人が見たかった。  だって唯人のことを愛しているから。  俺は食べかけのパイを箱に放りこむとうずくまり、声をあげて泣いた。  俺の愛し方と唯人の愛し方は全然違う。  俺の愛し方をお前は理解できないだろうし、お前が愛と呼ぶものを俺は認められない。  俺達はうまくいくはずなんてなかったんだ。  俺の作ったアップルパイを食べ、無邪気に微笑む唯人の顔を思い浮かべながら、俺は張り裂けそうな胸を押さえ、一晩中泣き続けた。    散々泣き疲れて眠り、起きると、俺は一杯のコーヒーを淹れた。  気分はどんよりと重いままだった。  床に置きっぱなしになっていたアップルパイの残りを齧ったが、驚くほど美味しくない。  俺はそれを躊躇なくゴミ箱に捨てた。  もったいないとかせっかく作ったのにとかそんな感情すら浮かばなかった。  体がだるくて何も考えたくなかった。  俺はまた布団の中に潜り込むと、こんこんと眠った。  

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