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第84話

 俺はヒュっと息を飲んだ。心臓がバクバクと嫌な音をたて、指先が冷たくなる。 「最初ふざけているのかと思って、お前みたいなバカでかい番なんていらない。って笑って言ったんだ。そうしたらあいつ、分かった。代わりに噛んでくれそうな奴を探すって」 まさかあいつ俺の言ったことを本気にして、自分もオメガになったんじゃ。 俺は掌に爪が食いこむほど強く拳を握りしめた。 「変だろ?アルファのあいつがうなじを噛んでくれなんてさ。あいつ仕事のし過ぎで精神的におかしくなっているんじゃないか?役員の重圧って相当だろうし。おい、和希聞いているのか?」 「うん、聞いてる」 「とにかく一度城ケ崎に連絡してみてくれ。あんな質の悪い冗談聞かされて、こっちも落ち着かない」 「分かった。ちょっと電話してみるよ。通彦さん色々ごめんね」 「いや、お前が謝ることじゃないだろ。じゃあ、頼んだな」  通彦さんとの通話を終えた俺は急いで唯人のスマホに電話をかけた。 「すごいタイミングだね。こういうの運命っていうのかな」  電話にでた相手は唯人の声ではなかった。  確かめるように名前を呼ぶ。 「春日?」 「そう、俺。今、あいつの部屋にいるんだよ。唯人に呼び出されてね」 「唯人に代わって欲しいんだけど」 「ちょっと無理かな。あいつ今シャワー浴びてるから。だってすごい酒臭いんだもん。まったく、人呼んどいて風呂にも入っていない状態で出迎えるってどんな神経してるんだって思うよね」 「分かった。じゃあ、風呂からでたら、折り返す様に伝えて」 「伝えない。今から俺が唯人の首を噛んで、あいつを俺のモノにするんだから、そんな暇ないよ」 「嘘だろ。なんで」 「久我山に口だす権利なんてないんじゃない?お前のほうから唯人を捨てたんだから」 「俺は捨ててなんか」  通話は一方的に切られた。  俺は舌打ちすると、急いで着替えて外に出た。  タクシーを捕まえると唯人の家の住所を告げる。 「急いでください」 「急ぎますけど、この雪じゃあね」  年配のタクシードライバーの言葉に窓の外を見ると、ちらちら白いものが宙を舞っていた。  あまりに必死でそんなことにも気付かなかった。

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