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第85話
ジーンズとシャツだけの姿で、コートすら着ないで家を飛び出した俺は小さなくしゃみをした。
ドライバーが気を利かせて暖房を強めにしてくれる。
俺は礼を言うと、気持ちを落ち着かせるため、大きく息を吐いた。
唯人は本当にオメガになってしまったんだろうか。
俺はそんなこと、本気で望んでいたわけじゃないのに。
ただ、あの時は何でもいいから唯人を傷つけたかった。
自分が傷ついたのと同じように。
俺は取り返しのつかないことをしでかしてしまった予感にかられ、体を震わせた。
タクシーはすぐに渋滞にはまった。
俺はその場で降り、走って唯人の家に向かう。
すれ違う人と肩がぶつかり怒鳴られる。
俺は大声で謝りながらも、走るのを止めなかった。
唯人のマンションに到着するとエレベーターを待つのももどかしく、階段で駆け上がった。
最上階に到達したときには息が切れ、咳きこみながら、俺は返しそびれていた合い鍵で唯人の家の扉を開けた。
靴も脱がずにあがり、リビングの扉を開けると、立っている春日の前に唯人が跪いている光景が目に飛びこんできた。
春日は俺を見ると目を見開き、急いで唯人のうなじに顔を近づける。
俺はうなじを守るように、唯人に抱きついた。
手の甲に、鋭い痛みを感じる。
「くっ」
自然と口からうめき声がでた。
春日が唇から俺の血を滴らせながら顔を上げる。
「こいつは俺の番だ」
俺は春日にはっきりと告げた。
「ふん。ようやく覚悟を決めたってわけか。俺にとっちゃ最悪のタイミングだけどね」
春日は口元を手で拭うと、いつもの穏やかな顔つきに戻った。
「唯人。良かったな。王子様が助けに来てくれて」
春日は俺を見てにやりと笑った。
「オメガになりたいなんて願う腑抜けたこいつなんて、助ける価値があるとは思えないけどね。じゃあね、できればもう二度と会いたくないかな」
春日は椅子に掛けてあったコートを着ると、何事もなかったように部屋から出て行った。
俺はようやく息を吐いて、体の力を抜いた。
視線を下げると、俺の腕の中で固まっていた唯人と目が合う。
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