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第86話

 俺は唯人の肩を掴んだ。 「唯人、お前」 「和希、手っ」  唯人が俺の血だらけの手を見て、慌てて立ち上がる。 「こんなの大したことないよ。それよりちゃんと話そう」 「ダメだ。ちゃんと手当しないと」  唯人は救急箱を持ってくると、俺の手をそっと握った。 「消毒するから。ちょっと染みるかもしれないけど」  ガーゼを押し当てられ、俺の顔が歪む。 「痛いよな。ごめん」  申し訳なさそうに眉を寄せ、唯人が俺の傷口にふうふうと息を吹きかける。  すっかり痩せてしまい、無精ひげを生やした唯人の姿を見て、俺は眉を寄せた。 「俺、唯人のやったことは忘れられないし、簡単には許せないと思う」  一瞬、俺の手を握っていた唯人の手に力が籠った。 「うん」  唯人が丁寧に包帯を巻きつける。  テープで固定すると、その上からそっと俺の手を撫でた。  そうして離れていこうとする唯人の手を俺は掴んだ。 「だけど、こうやって唯人が俺のことをちゃんと大事にしてくれていたことも俺は忘れたりなんかできない」 「だって、この傷は俺のせいで」 「唯人はさ。時々馬鹿みたいにガキだし、我儘だけど。基本的に俺を優先してくれたよな。たとえ自分が大変な時だってさ」 「そんなことないよ。それに俺はお前に許されないことをしたから」 「償いの為に今まで俺のことを大事にしてくれたの?」 「そんなわけないだろっ」  顔を上げた唯人と目が合う。  唯人は大声を上げた自分を恥じいるように俯いた。 「まだ、俺のこと愛してる?」  俺は静かに尋ねた。 「……ああ。そんなこと言う資格ないかもしれないけど、お前だけを心からずっとずっと愛しているよ」  唯人が泣き出す寸前のような笑顔を見せる。 「たとえ、傍にいられなくてもな」 「いろよ。傍に」  俺の言葉に唯人が目を見開く。 「いいのか?」 「愛してるも許すもまだお前には言えない。もしかしたら、一生かかっても言えないかもしれない。だけど、俺の番はやっぱりお前だから。お前であって欲しいから」  俺も唯人と同じ様な表情で笑った。 「だから傍にいてよ」  唯人が俺のことを抱きしめる。 「俺が、無理やり番にしたのに。なんでそんなにお前は優しいんだ」 「唯人のことこき使うために決まってんだろ?まあ、まずはオメガの先輩として俺のこと敬うように」 「オメガの先輩?」  唯人が首を傾げる。 「えっ、だって、唯人、オメガになったんだろ?だから通彦さんに首噛んでもらおうと」 「いや、オメガになろうと努力はしたよ?だけど上手くできなくて。力技でアルファに首を噛んでもらえば、オメガの体質になるかもしれないと思って」 「はあ。なんだよ。それ?心配してここまで走ってきた俺が馬鹿みたいじゃねえか」 「えっ、もしかして和希、俺がオメガになったと思って優しくしてくれたの?ちょ、ちょっと待って。頑張るから。そうしたらなれるかも」  真剣に言う唯人に俺はため息をついた。 「いいよ。お前はアルファのままで。だって困るだろ。俺がヒートの時にお前がオメガだったら。だって俺の番はお前なんだからさ」 「和希」  俺が仕方なく微笑むと、涙目の唯人に力いっぱい抱きしめられた。  俺はその背中を撫でながら、本当にどうしようもないよな。俺もお前も。  と心の中で呟いた。

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