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嗜虐と恍惚と、屈辱と 7
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緋音は、思わず珀英の手をはたき落としていた。
珀英はびっくりして固まってしまった。
二人の間に重い沈黙が落ちる。
珀英は風邪が治り、リスケしてもらった仕事をこなし、ライブもあったのをそれを終わらせて、緋音の家にやっと来れたのは2週間ちょっと経ってからだった。
その間もLINEは欠かさず送っていたが、緋音からの返事は5回に1回くらいだった。以前はちょくちょく返事をくれたのに、回数も減ったし、素っ気ない返事になってしまったのも、珀英は気掛かりだった。
緋音が急に冷たくなった理由が珀英にはさっぱりわからない。
風邪が治ったから連絡したら、いきなり冷たかった。あれから会っていないから、何か粗相(そそう)をした覚えもない。
覚えはないが、明らかに避けられていることはわかった。
久しぶりに時間が取れたので、珀英は緋音に連絡して、一緒に夕ご飯を食べようと緋音の家に行って支度を済ませた。疎(おろそ)かになっていた掃除と洗濯も済ませて、家中綺麗にして、夕ご飯も作って、完璧な状態で緋音の帰宅を待った。
緋音は珀英が家にくることは承諾したが、どう接していいのかわからなくなっていた。珀英は嫌いじゃない、好きだ。でもあれから何だか珀英が怖くて仕方ない時がある。
でもこのままでいいわけがないから、だから緋音は珀英から逃げずに、きちんと話し合おうと思っていた。
雪が降りそうに冷え込んだ夜に合わせて、珀英は濃厚クリームシチューを作って、バゲットとサラダ、冷えた白ワインも用意して待っていた。
緋音は、出迎えてくれた珀英をまともに見ることもできず、気まずい帰宅になってしまった。
いつもだったら玄関開けたら珀英が飛びついてきたが、今日はそれもなく。まともに目も合わせられないまま。ただいまもまともに言えないまま、緋音は部屋に入って、手洗いうがい着替えを済ませた。
珀英もどうしたらいいのかわからない感じで、なんだかぎくしゃくしたまま夕飯を食べ始めた。
このままじゃダメだと、なんとか会話をしようと、普段まったく意識していなかった話題を探す。正直ご飯の味もわからないくらい、珀英と何を話せばいいのかを、探していた。
結果。
「あ・・・っついっっ!!」
熱々のシチューなのをわかっていたのに、緋音は珀英のことばかり意識していたせいで、思いっきり口に含んでしまってびっくりして叫んだ。
緋音はスプーンを投げるように置いて、用意されていた冷えた白ワインを口に含む。ワインの冷たさで、火傷した舌が冷やされる。
「緋音さんっ・・・大丈夫?見せて」
向かいに座っている珀英が、慌(あわ)てて身を乗り出して、顎(あご)を捕らえて上に持ち上げる。
ぞっとした。
パシン・・・ッ!
緋音は思わず、顎を摘(つま)んでいた珀英の手をはたき落とした。力はそんなに入っていない軽い力だったが、はたかれた珀英の手の甲が少しだけ赤くなる。
叩いた緋音も、叩かれた珀英も、驚いて固まってしまった。
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