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第19話

その日の午後、片付けと荷物を取りに一度俺の住んでいた部屋に行く事になった。 凪さんの運転する車で、送ってもらう。 「会社から近いんだな」 「電車を乗り継ぎしないで行けるところが良くて。」 家に着いて元々少ない荷物を纏める。 家具はリサイクルショップにでも買い取ってもらおうかな。僅かでもお金になるなら、有難い。 「凪さん。これ全部リサイクルショップに買い取ってもらうことにします。」 「そう?真樹の部屋に運んでもいいよ」 「……ううん。改めて必要な物は、また自分で買う。新しい生活が始まるし、心機一転……みたいな。」 大学を卒業して、就職する前に引っ越してきたここ。約二年間お世話になった。 「そんなに思い入れも無いし。」 焦げ茶色の棚。木目にそっと指を這わせる。 本当、思い入れも思い出も、何も無いな。 ただ、仕事から帰ってきて風呂に入り眠るだけ。時間があれば食事をとるけど、それすらも面倒で寝ていた。 休みの日も、本当に体を休めるだけで、特に何をしていた訳でもない。 「勿体ない時間を過ごしたなって思います。」 「そうなの?」 「仕事しかしていなかったですね。初任給で両親とご飯に行って……それ以外プライベートで誰かとどこかに行った思い出がないです。誰かを家に招いたこともない。……凪さんが初めてですね。」 振り返って彼を見ると、眉間に皺を寄せていた。 どうしたんだろうと、首を傾げると小さく名前を呼ばれて返事をする。 「真樹はずっと寂しかったのか?」 「……寂しいはもう通り越したかな。アルファらしくしないといけないとか、アルファなんだからミスは許されないとか、そんなことばかり考える毎日で。ただ必死でした。」 いつかは寂しいと思っていたのかもしれない。 そういえば、性別が分かった直後はプレッシャーで押し潰されそうになっていたな。 両親は俺がアルファだった事に大喜びしていた。 アルファだから、良い企業に就職できる。 アルファだから、必ず結婚できる。 アルファだから、将来は安泰。 アルファだから。アルファだから。 「俺の価値って何なんでしょうね。」 アルファじゃなくなった俺を、両親はもう必要としないのかもしれない。

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