62 / 195

第62話

エレベーターが目的の階に着き、二人で降りる。 部屋まで足を進めようとして、手首を強く握られ凪さんはズンズンと歩いていく。 力が強くて少し痛い。彼は急にどうしたんだろう。 「真樹は俺が番を拒否してるって考えたわけだな」 「それもあるのかなって……凪さん、痛い。」 「俺は少し腹が立ってるよ」 「はあっ!?怒ってるのは俺の方です!」 部屋に入り、手を振り払って先にリビングに行こうとした。瞬間、肩を捕まれ壁に押さえつけられる。 「凪さんっ!やめて!」 「真樹には俺の想いが伝わってない?」 「それよりも痛いから離して!」 ドン、と顔の横に手が置かれ、その音に驚いて肩が上がる。離してもらおうと抵抗していた動きを止め、彼を見ると怖いくらいの真顔だった。 「勝手に何も言わずに家を出たのは謝る。」 「……あ、謝る人の態度じゃない……」 怖い。まるで蛇に睨まれた蛙だ。 こういう時は抵抗せずに大人しくしている方が得策だと思う。 落ち着いて体から余計な力を抜き、彼を見つめる。 「俺は真樹に常日頃から想いを伝えていたはずだ。」 「……そうですね」 「それなのにどうして番を拒否してるって話になる?」 「知りません。急に一人で不安になったらその考えが浮かんだんです。俺は凪さんじゃない。だから凪さんの考えはわからない。わかっていればそもそも不安にはなりません。」 冷静な頭で考えて、はっきりと返事する。 けれど、それを伝えてから思い出した。 アルファの独占欲は強い。それに凪さんは人一倍過保護だ。俺の事を本当に愛してくれているのに、俺から番を拒否してるのでは、と思われるなんて……アルファにとっては一大事なんじゃないか。 「な、凪さん、凪さん!」 「……何」 「凪さんの想いはしっかりと伝わってます。もう大丈夫、不安じゃない!」 「……さっきまで不安だったんだろ。俺の想いが足りなかったんだ。」 壁から手が離れる。これはまずい。頗るまずい。 解放されたかと思うと、また手首を掴まれる。今度は痛くない。 そのまま寝室に連れて行かれそうになって足を止めた。彼も足を止めて振り返る。 「ちゃんと伝えたい。こっちに来て」 「いや、あの……でもほら、もう伝わってるし……」 「言い方を変える。こっちに来い」 これは……これは完全に俺が蒔いた種だ。従うしかない。 でもこのまま寝室に入れば未来は見えている。きっと凪さんが『想いが俺に伝わった』と実感するまで抱かれる。 「真樹」 「……」 考えてももうどうにもならない。 これを回避できたとして、俺はいいかもしれないけれど次に不安になるのは凪さんの方だ。 大人しく、彼に手を引かれるまま寝室に足を運んだ。

ともだちにシェアしよう!