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第165話
***
三森の事が落ち着いた頃、蒼太と連絡を取り、凪さんと三人で集まり、話をした。
事態が収まった事、協力をしてくれて助かった事、それから──凪さんの会社で働かないかという事。
蒼太は驚いて目を見開き、「嘘でしょ」を何度も繰り返していたけれど、凪さんが契約の書類を渡し、それを確認すると笑顔で頷いてくれた。
そしてそれから二週間経った今日。
オメガという性別のせいなのか、おかげなのか、退職願を出すと直ぐに辞めることができて、既に同僚となった蒼太と、昼休みにカフェでランチをする。
「今回ばかりはオメガであることに有難みを感じたよ。」
そう言って笑う蒼太に、俺は苦笑を零す。
今はとりあえず研修をしているらしいが、「前の職場と全然違う、いい人ばっかり。」と柔らかい表情で言うもんだから、会社の雰囲気が合っているんだろうな、と思い安心する。
「──あ、堂山君!」
「ん、新木さん!……と、橋本!」
突然声を掛けられ、聞こえてきた方を見ると新木さんと橋本がいた。
たまたま隣の席に案内されたらしい。
慌てて食事の手を止めた蒼太は、二人を見ることなくナプキンで口元を拭っている。
「蒼太、こちらが新木さんで、こっちが橋本。二人とも同じ会社で働いてる。俺達と同い歳」
「はじめまして、上住蒼太です。転職して三日前から働かせてもらってます。」
頭を下げて挨拶をした後、顔を上げた蒼太がピタッと固まる。
それと同時に橋本が大きな音を立てて椅子から立ち上がった。
「ぅ、あ……」
「え、蒼太?大丈夫?」
蒼太の顔が急に真っ赤になって、それから小さく震え出す。そして慌ててバッグを引っ掴んだかと思えば、緊急抑制剤を取り出して太腿に勢いよく刺した。
「っ!」
「え、ええっ?」
状況がわからなくて困惑している俺と、眉間に皺を寄せる橋本に新木さん。
「あー……やばい。新木、お前薬持ってない?」
「それよりもお店を一回出た方がいいかも。堂山君、上住君と一回外に出て。荷物は私達が持っていくから。」
「わ、わかった……」
新木さんに言われるがまま、蒼太と一緒に外に出る。
支えている体は熱くて、触ると苦しそうに声を漏らす様子から、どうやら蒼太が発情期になっている、ということが分かった。
でも、何でだ。
ついさっきまで本当に何も無かったのに。
通行人がこちらをチラチラ見てくる。
蒼太のフェロモンに反応しているらしい。
新木さん達を待っていると、橋本が難しい顔をして出てきた。
確かに、アルファにオメガのフェロモンはキツいだろう。
橋本は蒼太を見て、それから視線を逸らす。
「堂山、悪い。……多分その人、俺の運命の番ってやつ。」
「……うん、めい?」
「そう。店に入った時から、何か甘い匂いすんなと思ってたんだけど……。目が合った途端にわかった。」
運命の番……なるほど、よくわからない。
兎に角、蒼太と橋本にしか理解できない現象が今起こっているんだろう。
「とりあえず薬が効くまでどこかで休む。さすがに会社に休めるところは無いからな……」
「でも他に行くところは……。あ、凪さんに電話しよう。」
「いや、さすがにまずいって……」
「今は休憩時間だし、専務室は広いよ。何せソファーで横になれる。それに凪さんは番持ちのアルファ。今のところ、すぐに行ける近くて安全な場所ってそこしか無いと思うんだけど……。」
橋本は渋った後、納得したように頷く。それを見てから凪さんに電話をかけ、事情を話すと「すぐにおいで」と言ってくれる。
電話を切ると同時に中林さんがお店から出てきて、急いで四人で会社に戻った。
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