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第166話
専務室に行くと、凪さんが色々用意をしてくれていた。
ご飯を食べる事ができなかったのではないかと軽食と飲み物。それから一応の為抑制剤も準備されてある。
「蒼太君はとりあえず症状が治まるまでここに居て。橋本君は充てられてるだろうから、外の秘書室にいてもらった方がいいかもしれない。」
「はい。すみません」
「す、すみません……」
橋本が謝って、蒼太もつられるように謝った。
けれどこれは全く謝ることじゃないと思って、凪さんを見ると、彼もそう思ったようで首を左右に振っている。
「いや、謝らなくていいよ。ところで蒼太君、水飲もうか。他に欲しい物があったら遠慮なく言ってほしい。橋本君も中林さんも、大丈夫?」
「私は大丈夫です。日頃から薬を飲んでるので。」
「……俺は結構キツい。専務、ごめんなさい、水貰います。」
「どうぞどうぞ」
水を手に取った橋本。そのまま「失礼します」と言って部屋を出て行く。中林さんもそれを追いかけて、部屋には三人だけになった。
「蒼太君。落ち着いたら家に送るから、今日、この後のことは気にせずに少し休んで。」
「ありがとう、ございます……。すみません、早々に、こんな……」
「気にしなくていい。真樹、真樹も暫くここにいて。俺と二人きりだと緊張してしまうだろうしね。」
「わかりました」
蒼太の傍に腰掛け、さっきよりかは呼吸の落ち着いた様子を見て、ただ単純に『すごいな』と思った。
運命の番に会って、発情期が起こったその瞬間、冷静に判断して緊急抑制剤を躊躇せず自身に打てた蒼太を尊敬する。
俺なら咄嗟にその判断をすることはできない。きっとわけがわからなくなって、周りに迷惑をかけてしまう結果になりそうだ。
「ん、真樹、ごめん、お水……」
「あ、うん。」
体が熱いらしく、勢い良く水を飲んだ蒼太は、深呼吸をして目を閉じる。
「真樹、ちょっと出てくる。ここは好きに使って。中林さんにも伝えておくから」
「はい」
凪さんが部屋を出て、蒼太と二人きりになる。
途端、蒼太に弱々しい声で呼ばれて、努めて優しく返事をした。
「は、橋本さん、だっけ……。僕、嫌われちゃったかな……」
「そんなことないよ」
「ところ構わず発情して……。でもこんな発情の仕方は初めてで……」
「うん。二人は運命の番っていう奴なんだろ?だから、会った瞬間に体が勝手に反応しちゃったんじゃないかな。俺は正直、運命の番っていうのがどういうものか分からないけど……。」
「そう、だね……。とりあえず、すぐに抑制剤を打ててよかった。」
安心した様子の蒼太。
額に浮かぶ汗を、持っていたハンカチでそっと拭いてあげる。
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