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4 saku

side さくら  いつもよりも二日酔いが酷くて、仕事に出かける夕方まで眠って過ごそうと思っていたある朝の事だった。ベッドで寝ていた俺は、すぐそばに誰か居る気配を感じてボンヤリ目が覚めた。  あぁ、久しぶりにやっちまったか――。  きっと酔った勢いで、金をやるからって言われた奴と一晩過ごしたって感じなんだろうなぁ。まったく、自分でも呆れちまうんだけど…。  重たい瞼をゆっくりと開けて、相手の顔を見た。なんか、今までやった奴らと違って、若いし、こう、何ての、上品な顔立ちじゃん。俺よりもよっぽど、こっちの世界の仕事が似合いそうだったりして。  そんな事を思いながら、あまりの眠さに、もう一度瞼を閉じた。もしかしたら夢かも知れないな…。とにかく俺、眠いんだよ、寝かせて欲しいんだけど。  まだやるのか? ん? 「ちょっとさぁ、痛いんだけど」  気持ちよく眠りかけていると、首のあたりにチクッと痛みを感じた。 イラっとして目を開けると、奇妙な格好した奴が俺の首筋に張りついていた。  何だ? こいつ…季節外れの仮装パーティの帰りなのか? 「すみませんお嬢さん、もう少し我慢して下さい」  奇妙な格好をしたやつが、優しげな微笑をたたえて、俺のことを見つめている。 女だったらポーッとなってる所だろうが、俺は男なんだよ! ったく、何言ってんだ?  お嬢さんだって? お前、やったのに気が付かなかったのか? タマあっただろ? 俺。  おや、待てよ、俺、服着たままじゃなか? ケツも痛いような感覚が無いし、やってないのか? じゃあ、こいつは何者なんだよ? いったい何してるんだ? こいつは!  その後、俺は、無用に整った顔した、この不法侵入者の話を聞く羽目になった。  そいつが言うには、自分は吸血鬼なんだそうだ。 変な妄想する奴だ…って思ってたけど、一体この男にどんな事があって妄想の世界に住むようになっちまったんだろうなぁ?   なんて事を考えてるうちに、男が少し哀れに見えてきてしまった…。  だけど、そいつの話を聞いている間、ちょっと気になって首筋を触ってみた。信じたくないけど、触った指に血が付いた。それに、良くみると、そいつの唇のわきに付いているのも、血のようだ…。  マジで吸血鬼なのか? 俺、血を吸われたのか?  それから、とぼけた事に、そいつはマジで俺が女だって思っていたらしい。 ちょっと目が悪いんじゃないのか? 朝の俺って、少しはヒゲが伸びてきてる筈なんだけど? まぁ、普通の男に比べると、薄いかもしれないけどさぁ…。  で、俺が男だってわかると、そいつは、「男の血を飲んでしまったっていうことは、大変な事になるかもしれない」とか言って青い顔をしてオロオロし始めた。  医者が居るなら、医者に電話すれば? って言うと、そいつは慌ててスマホを取り出した。 俺は、吸血鬼もスマホ持ってるんだ? なんて、のん気にそいつが電話する姿を眺めていた。 「あ、あの、水沼先生はご在宅ですか? えっと、あの、私、大変な事をしてしまって…。え、あ、はい、あの、間違えて男性の血を頂いてしまったんです。はい、初めてです。そうなんです。以前、私の親戚が…」  そいつが、必死になって電話の相手に今の状況を説明していた。これが芝居だったら、大した役者なんだろうなぁ…。でも、あの表情はどうもマジっぽい。  まぁ、とにかく、俺は関係ないし。目が覚めたついでに、シャワーでも浴びてこようか。 俺はそう思って、スマホで必死に事の成り行きを説明しているそいつを残し、フロ場に向った。  湯船にお湯をためながら、俺は身体を洗い始めた。首のあたりを洗っていると、チクッとした痛みを感じたので、恐る恐る鏡で見てみると、2つ並んだ小さい赤い傷があるのがわかった。  それから俺は、2回洗顔でしっかり化粧を落とし、すっきりしてから湯船に体を沈めた。本当に、血吸われたんだ? まあ、でも、吸血鬼にはならないって言ってたし、俺には関係ないよな。あいつが勝手に俺のこと、女だと思ったんだから。電話が終わったら、さっさと出て行ってもらおう。  それにしても、あいつどうやって家に入ったんだろうな?

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