13 / 169
13
side さくら
「さくらちゃん、この頃機嫌が良くない? 何か良い事でもあったの?」
店に来る途中で見つけた、鮮やかな紫色のストッキングに履き替えていると、お店のママが話し掛けてきた。
ママ、と言っても、やっぱり男なわけだ。でも、着物の良く似合う、とても美人なママなのだ。俺の知り合いの恋人なのだが、もう10年近く店をやってるらしい。店始めたのは何歳の時なんだろう? って思うくらい今でも若々しい。
「ん? 別にー。ちょっと犬を飼いはじめたの」
俺は下を向いたまま、ニヤケながら答えた。店に来ると、途端に女の言葉使いになる。自分でもキッチリ使い分けてるよな? って感心する。
「えーそうなのー? もしかして、毛深くて、逞しい、二本足で歩くオス犬だったりして?」
あぁ、やっぱりそう来ますか? さすがこういう店のママだよね。
「あのねぇ、私は前から言ってる通り、女の子が好きなの。男は恋愛対象外なんだから」
「まぁ、その割に、お持ち帰りされちゃうのは男ばかりでしょ?」
「そりゃまぁ、営業の一環よ。仕事と恋愛がきちっと分けられるでしょ?」
「ふーん。仕事熱心よねー、さくらちゃんは」
「うふふ、まぁね」
俺も困ってるんだよね。酔っ払ってる時、金の事言われるとつい…って感じなのだ。
初めての時は酷かった。何で男となんかやったんだろ? って数日間落ち込んだものだ。
でも、ちょっと我慢していればお金がもらえるし、甘えてやれば色々買ってくれるし、男だから子供が出来るわけでもないから、使えるものは使ってやれ…なんてヤケになってる所もあったりする。
だけど、今は怜の存在が、マンションに来たがる男達を拒む理由になってるから、実は助かったと思ってる部分もある。
別に、怜とそんな関係になってるってわけじゃなくて、家事初心者の怜の面倒を見なきゃならないから…。
考えてみたら、今まで体の関係を断われなかったのは、金をくれるとか、飲み過ぎだったって理由だけじゃなくて、誰も居ないマンションの部屋に帰るのが、寂しかったからなのかもしれない。
「ねぇ、所で、犬の種類は何なの?」
口紅を直しながら、再びママが聞いてきた。
「え…」
そこまで考えて無くって、ちょっと焦ってしまった。ママは見たこと無いんだから、適当に答えておけば良いはずなんだけど、思いつくのはゴールデンレトリバーとかシベリアンハスキーとか、大きな犬ばかりの名前だ。俺がマンション暮らしなの知ってるから、そんなデカイ犬の名前言ったら益々妖しまれるだけだ…。
「えーと、たしか…」
「すぐ答えられないなんて、やっぱり妖しいわよねー」
「違うったら。名前を思い出せないのよ。…何て言うんだったかな?コリーに似てる、少し小さいやつ」
「あぁ、シェットランドシープドッグの事?」
「そうそう。ちょっと上品そうな奴」
あれもそんなに小さい犬じゃなかったかな? と思いながらも、怜のイメージってそんな感じだったから…。
「そうなのー? でも、大変じゃないの? 誰か昼間は面倒見てくれてるの?」
「うん…まあね」
「それって、犬の面倒を見てくれる恋人が居るって事だったりして?」
どうしてもそうなるんだ? …まったく。
「さぁ? どうかなー。 ママにも内緒」
俺はそう言って事務所から出て行った。はぁ、まずかった、調子に乗って余計な事言ってしまった。
でも、何となく怜の話がしたくて、つい口が滑ってしまった感じなのだ。
今頃、怜はどうしてるんだろう? 日中は家事が終わると、図書館に行ってるみたいだけど。
料理の本が何冊かソファーの横のサイドテーブルに置いてあったっけ。
そう言えば、俺の休みの日に料理を教える事になっていたんだなぁ。
あいつは、今度はどんなドジをするんだろう?
そんな風に怜の事を色々考えてるうちに、店の開店時間になった。
さて、気合入れて、おっさん達のお相手致しますか。
ともだちにシェアしよう!