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side 怜
テーブルの所に行くと、さくちゃんが感心したような声を上げました。
「すげ。なんか、こんなちゃんとした朝飯、何年ぶりだろ」
さくちゃんが、そう言いながら席に着きました。
「そうですか?」
「うん、美味そうだよ」
「美味しいと思いますよ」
私がそう言うと、さくちゃんはチェッと舌打ちをして「怜のくせに生意気…」って呟きました。それから、小さな声で「いただきます」って言って、私の作った朝食をガツガツ食べ始めました。
この仕草も…お顔と全然似合いませんよ…。
「うめーじゃん。お前、どうして黙ってたんだよ? 早く言ってくれりゃ、毎日コンビニ弁当食わなくて済んだのにさ」
「えっと、黙ってたっていうよりも、忘れていたといった方が正しいかも知れません」
「ったく、忘れるかよ普通…」
「あの、普通じゃないので…」
「あー、そうだったよなぁ…。でもさ、そんな、忘れるってことは、何かあったからじゃないの? そうゆーのって…。忘れるってよりも、忘れたい過去って感じ? お前ドジだからありえるよなぁ。台所で火を付けっ放しにしてて家焼いちゃったとか? 指きって大変だったとか、包丁が足に刺さって貧血起こしたとか…」
「そうじゃないですけど…」
先の言葉を言わない私の事を、さくちゃんが不思議そうに見つめていました。
「そうじゃないけど、どうしたんだよ?」
「ずっと昔、…ある女性と暮らしていた事がありました」
「ずっと昔じゃなくても、しょっちゅう女と生活してたんだろ?」
「その女性は他の人と違うんです!」
珍しく大きな声を出してしまった私を見て、さくちゃんが食事をしていた手を止めました。
彼女の話をするかどうか、少し迷いましたが、蘇ってしまった封印していたはずの悲しい記憶を、誰かに話してしまいたいと思いました。懺悔の意味も込めて…。
「病弱だった彼女のために、いつも私が食事を作ってあげていました」
「なぁ、料理だけだったのか? 掃除とかもやってたのに、忘れてんじゃないの?」
「いえ…。彼女は、何でも自分でやりたがりました。身体が弱いって言っても、動けないわけじゃないからって」
「ふーん…。もしかして、お前がそんな事してたなんて、本気になっちゃった相手だったりして?」
さくちゃんには、女性達との話をしてありました。色々な女性の家でお世話になっていたって事を。そして、女性達がいつも私の為に、何でもやってくれていたって事を。
無邪気なさくちゃんは、とっても羨ましがっていました。
「かなりの数の女とやったんだろう」とか「怜の超スケベオヤジ」って。
でも、それはそれで、虚しいものなのです。さくちゃんに説明しても、きっとわかってもらえないと思いますが。 …仕方無いんです…生きていく手段なんですから…。
「そうですねぇ、どの女性も愛していましたよ…。でも、彼女は特別でした。ずっと一緒に居たかった。身体が弱くて、長く生きられないかもしれないってわかっていても…」
ちょっと考えるような顔をしてから、さくちゃんが、黙ってしまった私の目を見て言いました。
「だったらさ、その女、吸血鬼にしちゃえば良かったじゃん。そしたら、死なねーんじゃないの?」
「私もそう思っていました。吸血鬼になった後、私たちのお医者様に診て頂けば、彼女の病気は完治するはずでした。だから、彼女に私の事を話しました。一緒に生きて欲しかったから…でも――」
「でも?」
「彼女は、私がその話をしてから数日後に、交通事故で亡くなってしまいました」
「そうなんだ…」
「残されていた彼女の日記を読んでみました。一緒に生きようと言ってくれた事は、凄く嬉しかったけれど、私をずっと自分だけに縛り付けておく事は、出来ないでしょうって。私がいつか、自分を置いて居なくなってしまうに決まってるって。……あれは、事故では無かったのかもしれません…」
「そっか…」
「…多分、彼女は私の事を、心底信じていなかったのだと思います。日記にありました。彼女の周りに、私と関係を持った事があると、話していた人が居たそうです…」
「それ…ホントだったの?」
「はい…。ホントでした」
「自業自得だよな」
「そうですね…」
さくちゃんが指で私の頬に触れたのを感じました。
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