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side 怜
今日は、さくちゃんがお休みの日です。でも、多分疲れていて、昼間はずっと眠っている事でしょう。
「起きるとしても夜遅いだろうから、食事は特に作らなくて良いよ」とさくちゃんに言われました。ですから、私も、いつもよりもゆっくり起きて来て、1人分の食事を作って食べました。
少し寂しいような気がするのは、さくちゃんが最初の頃のように嫌味ばかり言うのではなく、お店の話とかを冗談まじりで、話してくれるようになったからなのでしょう。
最近、朝食…と言っても、さくちゃんにとっては、夜食のような感じですが、それと夕食(さくちゃんにとっての朝食)の時間には、二人でテーブルを囲むようになりました。
朝食の時間は、私には、ちょっと早すぎるので、さくちゃんが食べる時に一緒にテーブルに付いて、コーヒーを飲みながら、さくちゃんの話を聞いています。さくちゃんも、お店でお酒をたくさん飲んだりしていますので、お茶漬けとか、軽い食事だけしかとらないのですが、それでも、帰ってくると、お化粧も落とさずに、すぐにテーブルの所に来ます。
「なぁ! 怜、聞いてくれよ。今日のお客ったらさあ…」
「さくちゃん、うがいなさいましたか?」
「何だよ、もう! 怜ったら、母親みたいな事言うなよ…」
「ですけど、風邪ひいてしまったら、お仕事行けませんよ?」
「ったく…。子供じゃないんだから」
さくちゃんは、ブツブツ言いながら、洗面所に行きます。すぐに、手を洗う水の音と、『ガラガラ』とウガイをする声が聞こえてきます。
そして、それが終わると、さくちゃんは又、急いでテーブルの所に戻って来ます。
毎日の事なんだから、帰ったらすぐに、手洗いとウガイを済ませれば良いのに…。なんて、ホントにお母さんになったような気持ちです。
「で、どうしたんですか? さくちゃん」
「それがさぁ…」
そうして、いつもさくちゃんの話が始まります。
お店のお客様の話とか、さくちゃんの学生時代の話とか、さくちゃんはとても楽しく話してくれます。さすが、お客様相手の仕事をなさっているだけの事はあります。
それに…お化粧をしたままのさくちゃんは、とても綺麗で、一緒に話していると少しドキドキします。
いつの間にか私は、その時間をとても待ち遠しいと思うようになっていました。
お店に行く前のさくちゃんは、ちょっと機嫌が悪いので、当り障りのない話しか出来ませんので――。
そう言えば、ついこの間、さくちゃんが、ご自分の夢の話を聞かせてくれました。
いつか世界中を旅してみたいんだ…って。
「こんな仕事してんのも、その為の金が欲しいからなんだよ」
「そうだったんですか。でも、辛いんじゃないですか? だって、さくちゃんは男性が好きな訳じゃないんですよね? 女性相手のお仕事だってあるじゃないですか」
「まぁね。でも、俺バカだから、仕事紹介してもらった時、その店に働いてる人が貰ってるっていう給料の額聞いて、目が眩んじゃってさ、あんまりよく考えなかったんだよ…。でもさ、たまたま聞いたのが、店の1番人気の奴の給料の金額だったから、聞いた話みたいにたくさん貰えなかった。うーん…今でも、そこまでは稼げてないな」
「大変ですね…。でも、お客様相手のお仕事は、頭の悪い方には出来ないと思いますよ」
「そうかな?」
さくちゃんが私の顔を見て、照れたように笑っていました。
「そうですよ」
それから、さくちゃんは、しばらく味噌汁の中のお豆腐を箸でつついていましたが、急に顔を上げて、聞いてきました。
「世界中を回りたいとか、南の島で老後を過ごしたいとか…アホみたいって思わない?」
探るような目をしながら、さくちゃんが聞いてきました。
「そんな事、思いませんよ。素敵じゃないですか、夢を持てるなんて」
私には、『夢』なんてありません。果てしなく続く孤独、終わりの無い命…でも、それが脅かされるのも怖くてしょうがない…。
夢に向って頑張ってるさくちゃんが羨ましいです。
「ありがとう。なんかさ、お前って、結構いい奴だよな」
「いえ…そんな…。さくちゃんこそ、良い方だと思いますよ」
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