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36 saku
side さくら
最近は怜が家にいるのが、当たり前のような日々を送っていた。怜と暮らすようになって、そんなに日は経っていないから、不思議な感じではあるけれど…。
怜が言っていた水沼っていう医者はまだ、どこかに行ったきりらしかった。
だけど、怜にも俺にも、特別な体調の変化が無いようだから、怜が吸血鬼だという事も、俺が怜に血を吸われたという事も、すっかり考えなくなっていた。
はっきりしているのは、怜が俺の部屋に住んでいること、そして、そのうち居なくなってしまうだろうって事。
そう言えば、あれから怜が、血を吸いに行った様子は無いみたいだ。
女の生理だって、周期がずれることがあるらしいから、怜がこの間イレギュラーで血が欲しくなったのは、女のそれと同じような事だったに違いない。だからきっと、心配する事なんて無いさ。
少し変わったことと言えば、この間俺が、妙に人恋しくなってしまった日から、俺が店に出てる間は、怜が1人でベッドを使い、俺が休みの時には、2人で一緒にベッドを使うって事。
2人でベッドに入っても、決して抱き合ったりする訳では無い。
怜と一緒にベッドにいると、とても気持ちが落ち着くんだ、何て言うんだろう? 怜の存在が、精神安定剤のような、そんな感じになっていた。
そばに誰かが居る事で、こんなに心が安らぐなんて驚きだ。それも、よりによって、男だし、吸血鬼だし…そんな怜と一緒に居て心の平和を感じちゃうなんて…何なんだろうなぁ。
いや、断じて恋愛感情なんかとは違うんだけど――。
その後、最初は嫌だった買い物や、商店街の人たちとの会話も、次第に慣れてきて、いつの間にか休みの日が楽しみになりつつあった。
特にお気に入りなのは、怜と八百屋のじいさん、ばあさんとのトボケタ会話だ。俺も今ではすっかり怜の奥さんになりきっていたりする。
正直な話、怜に依存してる部分がおおくて、怜が居なくなったらまた自分でやらなきゃいけないのか? という事実を忘れようとしていたりする。
怜と生活を共にしている今、俺はもう1つ忘れかけている事があった。それは、俺の夢。
色々な国に旅する事。その夢の為に、水商売していたはずなのに、俺ったら、仕事もしていない怜(いや、家政夫をやってくれてるんだけど)との生活が始まってから、結構浪費してるんじゃないだろうか? せっかく身体を張って貯めてきた金だって言うのに…。
だけどまぁ、それも、医者が帰ってくるまでのことだ。とりあえず、今はこの不思議な生活を楽しんでしまおう。
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