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side さくら
ママが行ってしまうと、俺はホッと一息ついた。それからからおもむろに、怜を睨みつけた。
「おい、怜! 何だよ、雨宮遙って」
「何…って、私の名前ですよ。いくつか使った名前があるんですが、この名前が1番長く使っていたやつです」
怜が空になったグラスをテーブルに置いてから、涼しい顔でそう言った。
「何で教えなかったんだよ」
俺は怜のグラスにウイスキーを注いで、濃いめの水割りを作りながら文句を言った。
「だって、さくちゃんが教えなくていいって言ったんですよ。『お前は怜だ!』って」
怜が不思議そうな顔をしながら俺を見た。
「そうだっけ…」
そうだったような気がしてきた――。
「まぁ、良いですけど…。さくちゃんといる時は、怜で構いませんから」
怜がそう言ってからグラスに入ったウイスキーをスマートに飲んだ。今日はいちいちカッコつけているよな――。
「…なぁ、それよかお前、金持ってんのか? こういう店はな、すんげー金が掛かるんだよ。まさか、生活費使い込もうとしてんじゃないだろうな? 俺が、こうやって必死に稼いでるのに…」
そう言いながら俺は、自分のグラスに薄めのウイスキーを作った。
「大丈夫ですよ。私だって、お金くらい持ってますから。私、さくちゃんの力になりたくて…」
「俺の力に? って」
怜が急に言った言葉に俺は戸惑っていた。何を言い出すんだよお前?
「さくちゃんは、私の生活費も出して下さってますよね? だから、いつかお返ししないと…と思っていたのです。ですが、そのままお金をお渡しても、さくちゃんは受け取って下さらないんじゃないかと思いまして。だから、私が客としてお店にくれば…」
怜が色々と説明していたが、俺は途中から聞いていなかった。
俺の為って言ったって、その金、どうやって稼いだ金なんだよ? 女に貢がせたのか? 体で奉仕した分、金貰ってたのかよ…。お前は、女の血をちゃっかり頂いてたんだろ? なのに、金までもらってたのか?
怜はそんな事一言も言ってなかったっていうのに、俺は勝手にそう思い込んで、勝手に怜に腹立を立てていた。
力になりたいって言うなら、めいっぱい金払ってってもらうからな。泣き言いうなよ!
その後、俺たちは高い酒を頼んで、2人でかなり飲んだ…。
じゃない。飲んだのは俺だ…怜はあまり飲んでなかったと思う。ちっとも態度が変わらなかったから――。
結局、俺はずっと怜の横に居ることになってしまった。他の客から声が掛かったらしいが、その度に怜がママに話をつけていたみたいだ。
怜、お前ホントに金持ってるのかよ? いくらぐらい持ってるか聞いてから飲むんだったな…。
「あら、さくらちゃんったら、遙さんにベッタリね…」
俺は1人でめいっぱい飲んだので悪酔いしてしまい、怜の肩に頭を乗せ、甘えてるような格好でグッタリしていた。酔ってる頭の片すみで、こんな事じゃプロ失格だなと思っていた。だけど、今日は怜がいけないんだ…。こんな風になるまで飲むなんて事、いつもはないんだ――心の中で俺が一生懸命誰かに言い訳していた。
「すみませんが、このままさくらさんを連れ出しても、良ろしいでしょうか?」
怜の言葉で、フッと我に返る。店が終わるまで、まだ時間があるのに、怜は俺を連れてどこか行こうとしている。
「あーら、遙さん、よっぽどさくらちゃんがお気に入りなのね。いいけれど、高いわよ、さくらちゃんは」
ママの声が聞えると、怜が鞄を手にした。
「これで良いですか?」
鞄から財布を出し、その中から何枚も重なった万札を覗かせながら、ママに向って微笑んでいた。
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