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side さくら
怜…すっげー金持ち?!
でも、カードじゃなくて、現金ってところが、スマートな雰囲気の怜らしくないような気がするけど…。
いや、とにかく、怜がとってもカッコよく見えてきたぞ。
酔っ払ってる俺の頭は、すっかり思考を停止してしまいそうな感じ…。何だか、ちょっと気分良いかも…。
「さぁ、帰りましょ」
怜が俺の肩を軽くギュっと抱きしめながら、耳元で囁いた。
「え…あぁ。ちょっと待って。荷物取って来るわ」
耳がメチャメチャくすぐったかったので、俺は慌てて怜の腕を振り払って立ち上がった。
「では、ここで待っていますね。大丈夫ですか? かなり足元が危ない感じですが」
フラフラと歩き出した俺を、怜がさり気無く支えてくれた。
「あ…ありがとう」
怜の触った所が熱を持ったような感じがして、ものすごく恥かしくなった。
どうしたってんだよ? 俺… 何でドキドキしてんだ?
俺は慌てて事務所に戻り、ロッカーを開けて帰る用意をした。
着替え終わると、少し気持ちを落ち着かせようと思い、冷蔵庫から水を取り出し、事務所の椅子にドカッと座った。
さっきのドキドキは、酒を飲みすぎたせいに違いない。絶対そうだ。そうじゃなきゃ、何なんだよ――。
俺はペットボトルのフタを開けて、水を一口飲んだ。
さて、帰ろう…何だかわからないけど、早く帰れるんだし――色々考えるのやめた。
「お待たせ…雨宮さん」
皆が見ているようで、俺は少し緊張しながら、営業用の笑顔を怜に向けた。
「さぁ、行きましょう。さくらちゃん」
怜が歩き出すと、従業員一同、深々とお辞儀をしていた。結構な金額払ったんだろうな…。
店を出て、大通りに向って歩き始める。何だか良くわからないけど、酔っ払ってフワフワした気分のまま、怜の腕に手を掛けた。
「さ、帰ろ、怜」
「はい。さくらちゃん」
しばらくの間、黙って2人で夜の街を歩いた。
いつも仕事終わりで疲れて歩いている騒がしいネオン街が、今夜は星がキラキラと輝いている美しい夜空のように見えた。
それから、2人でタクシーに乗り込み、マンションに向った。
「さくちゃんは、やっぱり綺麗ですね。お店の中で1番でしたよ」
怜が俺の方を向いてそう言った。俺は照れくさくて、運転手の背中を見つめるばかりだった。
「そうか? ママにも、綺麗だって何度も言って、ベタベタ仲良さそうに話してたじゃん」
ちょっと嫉妬が入ったような言い方になったけど、今は酔っているから別に良いや。
「ママさんも、お綺麗でしたけど、さくらちゃんの方が、可愛らしさもあって、とっても魅力的だと思いますよ」
どんな顔してそんなセリフ言ってるんだよ? と思いながら怜の顔を見ると、怜は俺に優しい微笑みを向けていた。
こんな間近でそんなこと言われると、すっごい照れる。
誉めてくれるのは嬉しいけど、俺、男だぜ? わかってるだろ――?
でも、まぁ、今日はいいか。怜の誉め言葉はすっげー心地良いから、素直に聞いておこうか。
「…ありがとう」
俺がそう答えると、怜が嬉しそうに頷いた。
「…でもさ、怜」
怜には言っておかなくちゃ。
「何ですか?」
「もう店に来るなよ」
「どうしてですか? 良いじゃないですか。時々、私がお店に行って、さくらちゃんを早く帰らせてあげますよ」
「ダメ」
「でも…」
「何て言ってもダメ」
「…わかりました」
怜みたいに金払いの良い奴なんて、どんどんカモにされちまうんだ。お前が幾ら金持ってるか知らないけど、仕事してる訳じゃないんだし。
それに……誰かが怜になれなれしく触っているのを、見るのが嫌なんだよ。
怜は俺んちの家政夫なんだぞ!
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