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side 怜
「おい…」
幸せな気持ちでいた私を突き飛ばし、その女性が突然怒り始めました。
「お前、どうしてこうなってるんだよ…」
ハッと気が付くと、目の前でさくちゃんが真っ赤になって私を睨んでいました。
可愛らしいさくちゃんの事を思いながら眠りに入ったので、さくちゃんが私の愛しい女性だという設定の夢を見てしまったようです…。
あの可愛かった“さくらちゃん”が、いつもの“さくちゃん”に戻っていました。
私は、心の中で溜息をつきながら、さくちゃんに向って微笑みかけました。
「おはようございます。さくらちゃん」
「ん…おはよ…」
さくちゃんの表情が、一瞬緩みかけました。でもすぐに、また、怖い顔をして、私の腕から抜け出そうとしています。
「あのな…、何で俺、お前に抱きしめられてるわけ? しかもキスしようとしてなかったか?」
さくちゃんの頬がすこしづつ赤くなっていきました。さくちゃんが先に抱きついてきたのですけどね……。
「えっと…」
さくちゃんが自分から私の胸に顔をうずめて、それから腕をまわしてきたということを言うべきかどうか迷っていました。
「だからぁ、何でお前は、俺の体に腕を回しているんだってーの! てめー、欲情したのかよ!」
目の前のさくちゃんは、私の腕の中から抜け出せなくて、真っ赤な顔をして怒っています。でも、この怒り方は、多分恥かしさを隠しているのだ、という事がさくちゃんの表情を見ているうちにわかりました。
私の中に急に悪戯心が湧いて、戸惑っているさくちゃんを、からかってみたくなりました。
こんな気持ちになるのは初めてかも知れません…。でも、これを実行すると後でもっとさくちゃんが不機嫌になってしまうだろうなとは思ったのですが――。
「さくらちゃんは、何も覚えていないんですか?」
優しく髪を撫でながらそう言うと、さくちゃんは、私の腕の中で、あからさまにうろたえ始めました。
「え…な、何が?!」
さくちゃんの視線が泳いでいます。相当驚いていますね?
「昨晩は可愛かったですよ、さくらちゃん」
再び髪を撫でながら私が呟くと、さくちゃんが体を小さく丸めました。
「だ…だ…だから、な、何が?」
「さくちゃん、私の腕の中で可愛らしい声を出したんですよ」
耳元でそう言って、抱きしめていた腕に、力を入れました。すると、さくちゃんが固まったように動かなくなり、私の事を見つめて泣きそうな顔をしました。
「もしかして、お、俺…お前と、やっちゃったのか?」
さくちゃんがそう言って黙り込んでしまいました。
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