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side 怜 「それがですね…」  そう言いかけると、さくちゃんが私の口を両手でバッと塞ぎました。 「いや、聞きたくない。言わなくて良い。えっと、言うな。忘れろ、忘れてくれ。俺、酔ってたから…悪いけど、何も覚えてないし…その…やろうと思っていたわけじゃなくて、やりたかったわけでもなくて、酒のせいかもしれない――」  真っ赤になって慌ててるさくちゃんの様子が、あまりにもいつもと違うので、私は思わず吹き出してしまいました。 …ちょっと冗談が過ぎたでしょうか? 「怜…てめ、何笑ってんだよ!」  クスクス笑っている私に、さくちゃんは鋭い視線を向けました。 「何だよ! どうしたって言うんだよ」 「ご…ごめんなさい、さくちゃん。冗談なんです」  笑いがおさまった私は、真面目な顔でさくちゃんにそう告げました。 「はあー?! 冗談?」  さくちゃんが思った通り物凄く不機嫌な顔をしました。 「はい。特に何もありませんでした」 「怜のアホ!」  さくちゃんはそう言いながら、ベッドの上にペタリと座り込みました。 「すみませんでした。でも、さくちゃんが、私にピッタリとくっついて寝てたもので…。あまりにも可愛くて、抱きしめてしまったんです。それだけですよ」  自分の行動の意味を正直に伝えたら、さくちゃんの顔が再び真っ赤に染まりました。さくちゃんが抱きついてきたことは黙っておくことにしましょう。 「何すんだよ…まったく!」 「すみません」  私も布団から抜け出して、さくちゃんの前に座って頭を下げました。 「…はぁ――。良かった、そうだよな…、裸じゃねーし、ケツ何ともねーし」  さくちゃんは、そう言いながらお尻を撫ぜていました。 「あ、所で…怜?」  しばらく黙っていたさくちゃんが、上目遣いで私を見ながら、話し掛けてきました。 「何ですか?」 「あのさ、俺って、寝てるとき、お前に甘えてたりするの?…その…お前に抱きついてたりとか…」  さくちゃんが、小さな声で、探るように聞いてきました。きっと無意識でやっていることなので、自分では認めたくないことかも知れませんが…。 「はい。時々ですが」  私がそう答えると、さくちゃんがガックリうなだれてしまいました。 「…あのな、あの」 「はい」 「その、別に深い意味があるわけじゃなくて、そのなぁ」  大丈夫ですよ。さくちゃんが私とわかっていて甘えているわけじゃないって、わかっていますから。 「気にしないで下さいよ。寝てるときは、隣に誰が居たか…なんて忘れちゃいますからね」  私がそう言うと、さくちゃんはうんうん頷きながら、安心したような顔になりました。 「そうそう忘れる…って、おい!…なんか、嫌な言い方するな、怜? 俺が誰にでもそうしてるって言いたいのか?」 「それでは、さくちゃんは、私とわかっていて、甘えてきてるのですか?」  さくちゃんが頭をブンブン振りながら、慌ててベッドから抜け出しました。 「だから、そうじゃなくて…もういい! 別にお前だから甘えてる訳じゃない! 甘えているつもりもないからな」  さくちゃんがそう言いながら、寝室から出て行ってしまいました。  その後、私もすぐにベッドから出て、服を着替え始めました。  それにしても、さくちゃんって、本当に可愛い人です。 今まで私と生活を共にしていた方達は、大人の女性ばかりで、割り切ったお付き合いの出来る方や、女性らしくて、奥ゆかしい方ばかりでした。 さくちゃんのように怒ったり、拗ねたり…色々な感情をそのまま表してくる子供っぽい方は、どちらかというと苦手で、付き合わないようにしていましたので…。  でも、そんな子供のようなさくちゃんは、今の私にとって、とても新鮮で、一緒にいて楽しくて、そして…無償の愛を捧げたくなるような存在になってしまったようです。

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