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side さくら  俺はタクシーの中で目を覚ました。いつの間にか利一に連れられて、店を出ていたのだ。 どの位寝ていたのだろう? 時計を見ると、店が終わってから結構時間が経っていた。 「気が付いた? さくらちゃん」  利一がやけに優しい声で聞いてきた。 「うん…私、いつの間にか寝てたのね」 「そうだよ。かなりぐっすりね」  声は優しいんだけど、いつも以上にイヤラシイ笑顔をしていることが少し気になった。こいつがイヤラシイのは周知の事だなんだけど、いつもと少し違う気がする――。 「さくらちゃんの部屋、行っていいよな」  利一が耳元で囁いた。背筋がゾワッとしたのと同時に、自分の部屋の現状を思い出した。 部屋には怜がいる。そんなのダメだろ!! 「ね、利一、ホテルじゃだめ?」  俺は焦ってそう言った。利一とセックスしたいって気持ちは微塵も無かった。でも、この状況だ、きっと逃げられないだろう。別に俺もこいつも男なわけで、俺が妊娠するなんて有りえない。後腐れないセックスをして、お互いスッキリして、おまけに金がもらえれば、それはそれで構わないんだ…。  だけど、怜の居るあの部屋でなんて、出来るわけ無い。 「ダメ。ほら、もう着いたよ」  利一はそう言って、万札を数枚運転手に渡して車の外に出ると、俺の体を軽々と抱き上げて歩き始めた。 「ねぇ、リイチ、お願い…ホテルが良いな」  俺はもう一度お願いしてみた。 「ここまで来て、何言ってるんだよ」 「……じゃ、下ろしてよ!」 「良いけど、歩いてくの?」  利一がクスっと笑ってから俺を下に降ろしてくれた。  怜がベッドに寝てるのを見たら、利一はどうするだろう? 慌てて、俺を置いて帰ってくれるかも知れない…。そんな事を考えながら、自分の足で歩こうとした。 「あ…」  歩こうとしているのに、思うように足が前に出ず、俺はその場に崩れるようにしゃがみ込んでしまった。  どうしたんだろう? 体が言う事を聞いてくれない…。そう言えば、店でも気を失うように意識が薄れてしまったんだ…。 「ほら、歩けないだろ? 俺が連れてってやるから」  もう一度利一に抱き上げられ、マンションに入って行った。恥かしかったけど、マンションの住人に会う事無く部屋に着いたので、ホッとしていた。  部屋の前で一度下ろしてもらって、鍵を出してドアを開けた。  寝室には怜が居ると思うと、ものすごく緊張してしまう――。 男を連れてきたって知ったら、怜はどうするだろう? 「仕方ない人ですね…」って呆れられてしまうかもしれない。「私が部屋に居るのわかってて連れてきたんですか?」とか、攻められるかも…。  利一は、寝室に怜が居る事がわかったら、どうするんだろう? もしかしたら、素直に帰らないで、怒り出してしまうかも知れない…。色々な事を考えて居るうちに、胸が苦しくなってしまった。  居間に入ると、ソファーに下ろされ、利一にキスされた。額に、頬に、耳に…そして唇に。気持ち悪くて、吐きそうだった。

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