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side さくら
「リイチ…水が飲みたい」
利一が体を起こした時、俺はそう言った。
どうにか誤魔化して、今日は諦めてもらおう。いくら俺でも、他の人がすぐ横の部屋に居る所で、男と抱き合いたくは無い。
そう心に決めると、話をするタイミング見計らった。
「わかったよ。冷蔵庫に入ってる?」
「うん」
台所に行った利一が、怜が商店街の誰かに貰ったって言ってた青いボトルに入ったミネラルウォーターを取ってきた。反対の手には、トマトジュースの缶が握られている。
「何だか、異様にトマトジュースが多かったんだけど、さくらちゃん好きだった?」
「え…まぁ、健康のためにね」
「俺飲んでいい?」
「…うん…」
トマトジュースを飲んでいる利一の横顔を見つめた。怜の優しい横顔とは全然違う、嫌味な男のごつい横顔…。こんな男になんて、抱かれたく無かった。でも、すべては金の為、俺の夢のため。
本当は抱かれるなら、一緒にいて安心して、いつも優しくて穏やかで…。
あれ? 俺ったら、いったい何を考えてたんだろう。
そうだ…怜にトマトジュース買って返さなきゃ…。そんな事を考えながら、俺は利一の渡してくれた水を飲んで一息ついた。
さて…どうにか、こいつに帰ってもらわなくては…。
「さあ、さくらちゃん、ベッドに行こう」
「あ…リイチ、待って」
「何だよ? やらないっての?」
「えっと、寝室は、あの、ちょっと掃除してないし、また今度にしようよ」
「別にそんなの構わないさ」
「だって…」
「そんな事言って、ホントはヤリタイだろ? お前だって」
利一が俺の股間をゆっくりと撫で回した。俺は利一の顔を見ていられなくて、顔を背けた。
「いやだぁ…だって私、ちょっと体調悪いんだもの。お店でも寝ちゃったし、さっきだって上手く歩けなかったでしょ?」
俺がそう言うと、利一がクスクス笑いだした。
「あー、あれね、俺がさくらちゃんを独占したかったから、ちょっとだけお酒に薬を…ね」
利一がそう言って、舌をペロンと出した。可愛くもないその行動に、ますます吐き気がした。それにしても、そこまでして、俺とやりたかったのかよ? 普通に言ってくれりゃ、高級ホテルに行ってやろうぜって言えたのに――。
そう思ってると、利一がもう一度キスしてきた。こいつにしては、甘くて優しいキスだった。
「薬なんて入れなくても、お金もらえるなら、逃げやしなかったのに」
そう、俺は金のためなら好きでもない奴とでも寝られるんだ。
「そう言えば、そうだったね、ごめんよ。な、早くベッドに行こうぜ」
ホントは薬を入れられたことにメチャメチャ腹が立っていた。文句を言ってやりたかった。でも、それよりも、ヤル事を早くすませて、こいつをここから追い出したかった。
「利一…ね、ベッドじゃなくてここじゃダメ? 違う場所でやるのって良くない?」
「だけど、こんな狭い所じゃ、さくらちゃんが辛いだけだよ」
「でも…ちょっと! リイチ…」
利一は俺の静止も聞かず、寝室のドアを開けていた。怜の事を見つけたら、どうなるんだろう?
「何だよ…キレイじゃん。何が掃除してねーだよ」
利一の声が聞こえたので、どうにか身体を起こしベッドの方を眺めると、そこには誰もいなかった。
怜のヤツ…女の所にでも行ってるんだろうか? そうだよな、俺が居ない時には何をしててもわからないんだった。 別に、怜が誰と寝たって…。だけど、俺が帰って来る時間にはいつも居てくれたはずなのに――。
「さくら…早く、やろうぜ。俺、もう待てない」
いつの間にか呼び捨てにされていた。利一は空っぽのベッドを見ながら放心している俺を抱き上げ、ベッドに連れて行った。
「や・・リイチ」
あいつの唇が首筋にキスをした。鳥肌が立ってしまいそうだった。
「ん…リイチ、ダメだったら……」
キスされるたびに左目から涙が溢れた――。
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