57 / 169
57
side 怜
彼女の体を揺さぶりつづけ、何度目かの絶頂を迎えた彼女の首筋に牙を立てました。快楽に溺れている彼女の血は、熱くて濃厚で、どんなお酒よりも、私を酔わせるようです。
でも本当は、さくちゃんの血の方がもっと濃厚でした――心の何処かでそんな事を考えていました。
再びさくちゃんの事を思い出している自分を戒めました。どうして、さくちゃんの事ばかり気になるのでしょう…。
気を失ってしまった沙江子さんの体に掛け布団を掛け、私は急いで洋服を着ました。目を覚ました沙江子さんに会う気にはなれず、そのまま彼女の部屋を出ました。今後の事も考えて、沙江子さんにはメッセージを送っておきましょう――。
外に出るとすっかり日常が始まっていました。
さくちゃんは、どうしているでしょうか? あの男性は、まだ部屋に居るのでしょうか? さくちゃんは、あの人を私にどう紹介するつもりだったのでしょう?
『これ、俺の恋人なんだ。お前が出ていったら、一緒に暮らすんだよ…』さくちゃんが、そう言って恋人に甘えている姿が、頭の中に浮かんで、胸が苦しくなりました。
さくちゃんと男性に会いたくなくて、どこかで時間をつぶそうかと思いましたが、行く宛てもなかったので、さくちゃんのマンションに帰る事にしました。
電車を降りて商店街を抜け、マンションに向って歩き始めます。マンションに近づくにつれて、足が重くなっていくようでした。
部屋の前に立って、カギを入れようとしました。ですが、カギは掛かっていませんでした。
私は鍵をかけたと思うのですが…混乱していたので、忘れてしまったのかも知れません…。
ノブを回してドアを開けます。カギを開けたままであんな……なんて無用心なんでしょう…。
玄関には、さくちゃんのハイヒールが転がっているだけでした。相手の人はもう帰ってしまったのかもしれません。
部屋に入ると、私が出かけて行ったままの状態でした。さくちゃんはまだ、寝室で寝ているのでしょうか?
その時、寝室から、唸るような声が聞えて来ました。弱々しい声です。
私は、慌てて寝室のドアを開けました。
「…さくちゃん!」
ドアを開けた途端、部屋にこもった匂いがムッと漂ってきました。ベッドでは、さくちゃんが、裸のまま手を縛られ、口にはタオルが巻きつけられて苦しそうにうめいていました。
ベッドの横のテーブルと床には、クシャクシャのお金が散らばっています…。
さくちゃんと一緒に帰ってきた男性は、さくちゃんの恋人ではなかったのですね? でも…またお金の為に、好きでもない誰かに抱かれていたのですか?
男性がさくちゃんの恋人ではなかったようだ、という安堵の気持ちと、そこまでしてお金を稼がなくても、私がお客としてお店に行くと言ったのに――という気持ちで心が乱れていました。
ともだちにシェアしよう!