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side さくら
「なぁ、怜?」
「はい、何でしょうか?」
「エロ女の事、愛してるの?」
台所で俺の為に料理している怜に、無意識のうちに聞いていた。聞いてどうするんだよ? って心の中で冷静な俺が呟いた。
「そうですねぇ…彼女には申し訳ないのですが、愛してはいません」
「そっか」
怜の言葉を聞いてホッとしている俺って――そこまで考えて溜息が出た。
怜が誰かを愛するなんて、生きる手段の一つでしかないんだ。1人の人間を心底愛してしまう前に、次のターゲットを探し始める…それが怜なんだ。情事の相手のことを、愛していても、愛して無くても、それは何の意味も持たないのに――。
ソファーに座って、怜の料理が出来上がるのを待っていた。腹が減ってるのかどうか、自分でもよくわからなかった。ただ俺の為に何かをしていて欲しかった。俺だけの為に…。
「出来ましたよ。温かいおうどんですけど、良いですよね?」
「うん…」
「そこで食べますか?」
「ん…テーブルに行くよ」
「わかりました」
うどんの入った器をテーブルに置くと、怜はすぐにソファーの所に来てくれた。
「立ち上がれますか?」
「あぁ…ありがとう」
怜が俺の体を支えながら、テーブルの所まで連れて行ってくれた。
急に早まった心臓の鼓動に気づかれたらどうしようって思った。触れ合っている所が全てが熱かった。
「いただきます」
食卓につくと手を合わせてから、うどんを食べ始めた。怜の作ってくれたものは、何でも美味い。
温かくて優しい味。母親の作ってくれたどの料理よりも愛を感じてしまう。それは、俺が怜を愛してるから?
怜の手料理をいつまで食べられるんだろう? ヤバイ涙が出そうだ。怜と離れたくない…。
俺が食事をしている間、怜は洗面所に行っていた。洗濯機をまわす音や、風呂場を掃除している音が聞こえていた。
怜が文句も言わずに色々やってくれてるのは、俺がやるように命令したから?
いつか、ここから出て行けるってのがわかっている事だから…?
いや、それ以外に何があるって言うんだ。
うどんを食べ終わって、お茶を飲んでいると、やっと怜が戻ってきた。
「色々ありがとな、怜」
「良いんですよ。さくちゃんの為なら何だって…」
俺は一瞬その言葉に勘違いしそうになってしまった。怜の言葉は優しすぎる。
きっとどんな相手にだって、その優しい言葉を使っているんだろう。俺は複雑な思いで視線を下げた。
『何だって出来るのかよ…』
心の中で毒づいた。俺のためなら、俺のこと愛してくれるのか?
ずっと傍にいてくれるのか? そんな言葉、容易く言うんじゃないよ…。
「さくちゃん、お休みになった方が良いですよ」
「うん。そうするよ」
ソファーに戻ると、怜が優しい笑顔を浮かべながら、布団を掛けてくれてくれた。俺は嬉しくて、その顔を見つめてしまった。
「ありがとう、怜」
「どういたしまして。ゆっくり休んで下さいね」
「うん…・あのさ、明日は買い物…行けそうもないや。ごめんな」
傍に居たい…でも一緒に行かない方が良いんだ。俺は怜の顔を見ていられなくなり、天井を見上げた。
「わかりました。大丈夫ですよ、明日はあまり買う物が多くなさそうですから」
そう言って、怜が子供をあやすように俺の肩をポンポンと叩いてくれた。俺は堪らず目を瞑った。
これから、どうやって怜に接していこう? 前のように自然に出来るのだろうか?
この一週間、自分自身の挙動不審ぶりに疲れきってしまった。
楽しかったな…怜との買い物。あんなに純粋に楽しんだのは、久しぶりだった。
あの時に帰りたい。まだ、自分の気持ちが形になっていない頃に。
なぁ、怜、俺の傍にいてくれよ。医者に診てもらって、治療が済んでからも…。
あぁ、そうか…そうなんだ。
もしかしたら、この感情は、怜に血を吸われたせいなのかもしれない。これが医者の言ってた体調の変化なのかも…。
そうだとしたら、医者に治療してもらえば、怜に対するこの思いも消えてしまうのだろう。
きっと、その方が良いんだ。お互いの為に…いや、俺自身の為に。
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