66 / 169
66
side さくら
怜は俺のそばに来ると、一瞬表情を硬くした。
「ちょっと待っててください」
そう言って、台所からビニール袋を取ってきて、その中に血の付いたガーゼや包帯を慌てて詰め込み、袋の口を止めてから、台所のゴミ箱に捨てに行った。
そう言えば、最初に傷の手当てをしてくれたときには、傷を見た途端、血の出ている傷口に唇に近づけようとしてたっけ。今度は、血の匂いに惑わされないように用心してるのかも知れない。
横に座った怜が、俺の手を取った。胸の奥のほうが微かに熱くなる。今までになかったような感情に戸惑いもあったけれど、嬉しい気持ちの方が勝っていた。
傷の手当てが済んで、俺をソファーに連れて行ってくれた後、怜は寝室に行ってしまった。
俺はソファーに寝転んで、ベランダ側の窓から陽の傾きかけてきた空を眺めていた。
洗濯物が風で揺れている。怜の服と俺の服が風で袖を絡めていた。
「チェッ…羨ましいなよな…」
乙女チックな発想してる自分に思わず笑ってしまった。これもきっと俺の本心じゃないんだろう…。笑っているのに、切なくて涙が溢れてきた。
「さくちゃん、まだ起きてますか?」
寝室から出てきた怜が、俺に声をかけた。
「ん…起きてるよ」
「お腹は空いてないですか?」
「うん…。空いてない。ありがとな」
その後、怜がベランダに出て、洗濯物を取り込み始めた。絡み合った俺たちの服を大事そうに抱えてる怜を見て、再び涙が溢れてしまった。
なに少女趣味なこと考えてんだよ? こんなの、俺じゃない。絶対違う…。
洗濯物をカーペットの上に置いた怜が、俺のほうに近寄って来た。マズイ…泣き顔を見られてしまう。
慌てて寝返りを打って、ソファーの背もたれの方に顔を向けた。
「さくちゃん、ベッドに移ったほうが良いですよ。連れて行ってあげますから」
「だけど…」
嫌だって言おうと思ったら、怜の両腕が俺の体の下に入り込んできた。
「こんな狭い所じゃ、ゆっくり休めませんよ」
怜がそう言いながら、俺の体を抱き上げようとした。
「ま…待てよ怜。無理すんなよ」
俺は体を捩って怜の腕から逃れた。怜が困ったような顔をして、俺の事を見つめている。
「わかったよ…ベッドに行くから」
俺は怜に掴まって立ち上がり、寝室に行った。
利一との情事の跡は、何も残っていなかった。
寝具は、今まで見た事のないシーツとカバーで包まれていた。サイドテーブルの上には、キャンドルが灯されていて、部屋の中は、微かに何かの香が漂っていた。
「さぁ、お休み下さい」
「ありがとう…」
心地よい香に包まれて、再び眠りに落ちていく。
今日は、何回怜に『ありがとう』って言っただろう? 本当は、その言葉の変わりに伝えたい言葉があったけど…、きっとそれはこの先も口にすることは無いんだろうな。
-いつまでも俺の傍にいて-
ともだちにシェアしよう!