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side さくら
「さくちゃん? 起きたんですか…?」
ベッドから立ち上がると、背中の方から怜の少し寝惚けたような声が聞えた。
「うん…。それがさ、また、血が出てきて」
怜が俺の近くに寄ってくるのがわかった。
いつもの怜だと思っていた。
腕を掴まれた。その掴み方があまりにも強引だったので、驚いて振り向き怜の顔を覗き込んだ。
「怜…どうしたんだよ?」
怜が俺の手首の傷を覆っていた血に染まったティッシュをはずし、傷口から滲み出た血を眺めていた。
「大変だ…」
表情を変えないまま怜がそう言ったかと思うと、傷口に唇を寄せた。
慌てて怜から離れようとしたけれど、すごい力で腰を抱き寄せられた。
怜の体と密着して、身体中の力が抜けていくようだった。
「早く血を止めなくちゃ」
唇の隙間からのぞいた怜の舌が、俺の傷口から出ている血をペロリと舐めた。見せつけるようなその行為に、背中がゾクッとした。
「美味しい…」
怜が俺の目を見て微笑み、顔を近づけてきた。怜? どうして? そう思いながらも、俺は目を瞑って怜の唇が触れるのを待った。これは俺の意思じゃない…怜のせいだ、みんな怜のせいだ…。
だけど怜の唇が、俺の唇に触れる事は無かった。
その代わり、首筋に痛みを感じた。 あの時と同じ…、初めて怜と会った、あの日の朝と…。
「怜! やめろよ…」
俺の体を抱きしめ、首筋に唇を落としている怜の背中を叩いた。だけど、怜は、何も聞えていないかのように、俺の首筋に牙をたてた。
逃げなくちゃと思うんだけど、身体が動かなかった。怜に抱きしめられている事が嬉しくて、俺の体はどんどん熱くなっていく。
もう、どうなっても良い…一瞬そう思った。どうせ怜とは結ばれる事の無い運命なんだから、このまま怜に血を吸われつづけ、そして怜の心地良い腕の中で…
…いや、違う、これは俺の意思じゃない! そうだよ、血が止まっていなかったのも、怜のせいなんだ!
怜の事が好きなような気がするのも、きっとそうなんだろう…。
なぁ怜、お前が俺の血を吸ったせいなんだろ? 俺、どうなるんだよ? 俺まだ死にたくない。
死ぬ訳にはいかないんだ。俺、まだ夢も叶えていないんだぞ。こんな所でくたばってなんていられない…。
お前だって、男の俺の血を飲んでしまったって、あんなに慌ててたくせに! お前だって、どうなってしまうかわからないんだぞ…。
そうだよ、どうにか怜に正気に戻ってもらわなくちゃ…。
俺が抵抗しなくなったと思ったのか、俺を抱きしめている怜の腕の力が、微かに弱まった。その時、俺は怜の体を突き放し、胸倉を掴むと右の頬を思いっきり引っ叩いた。
「ウッ…」
怜が頬を抑えて、その場にうずくまった。
しばらくして、俺を見上げた瞳は、いつもの優しい怜のものだった。
「…あ、あの、さくちゃん、私…」
「怜のバカヤロウ!」
「さくちゃん…」
怜が口元を拭った自分の手を見て、慌てていた。
今頃慌てたって、遅いんだよ! お前、また俺の血を吸いやがったんだからな…。
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