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side 怜 「でも、電話の前に、傷の手当てをしておかなくては…。どうやら私は、さくちゃんの血の匂いで正気を失ってしまうようです」  少し前から疑っていたことでした。  でも、さくちゃんが怪我をしてしまうなんて、考えてもいなかったので、油断していたのです。さくちゃんとの生活があまりにも楽しかったから、傍にいることが危険かもしれないとは考えたくなかったのです。 「すみませんでした…もっと早くに、離れて生活していれば良かったのでしょう。でも、先生の奥様に、さくちゃんの傍に居た方が良いと言われていたという事もありましたし…それに…」  自分自身がさくちゃんの傍に居たかった…という思いを伝えてしまいたかった。  でも、それを言うことは、精神状態が不安定な、今のさくちゃんをますます混乱させてしまうと思われるので、必死にその気持ちを抑えました。 「俺の血がお前を狂わせちゃうのか?」  さくちゃんが私の目を見つめながら、悲しそうにそう言いました。 「そうだと思います。さくちゃんの血に対してだけ、特別に反応してしまうようなんです。今までそのような事がありませんでしたので、多分、さくちゃんの血を頂いてしまったせいでこうなったのだと思います…」  ハッキリしたことはわからないのですが、そうだとしか思えませんでした。 「そっか…。じゃあ、俺のこの血が止まらないのも、お前のせい?」  さくちゃんが、抑揚のない声で聞いてきました。言いようのない怒りを抑えているのかも知れません。ごめんなさい、さくちゃん――。 「そうだと思います…」 「だったら、俺が怜のことを…」  さくちゃんがそこまで言ってから、黙り込んでしまいました。 「私のことを?」 「何でもない…早く、前の俺に戻りたい。頭の中がぐちゃぐちゃだよ…」  さくちゃんが辛そうな顔をしながら、首を振りました。  もしかしたら、さくちゃんも私のことを特別な気持ちで見てくれているのでは? と考えてしまい、苦笑しました。 たとえそうだとしても、どうなると言うのでしょう? 今、私達が触れ合うことは、お互いにとって危険な事なのです。 それに…この思いは一時的な感情なのでしょうから…。  先ほどさくちゃんの血を頂いたせいでしょうか、手首の傷から出ている血を見ても、身体に変化があらわれる事はありませんでした。  ですが、いつまた冷静な自分を失って、あのような行動に出てしまうかわからないのです。用心に越した事はありません。私はガーゼの間に多めに綿を挟み、さくちゃんの手首にある傷口を隠しました。  包帯を巻き終わると、救急箱のふたをして、立ち上がりました。 「怜…手、繋いでて」  さくちゃんが甘えるように言いました。こんな時だからでしょうか…さくちゃんのことが愛しくて仕方ありませんでした。 「わかりました」  私が手を繋ぐと、さくちゃんが安心したように微笑みました。  可愛いさくちゃん…  このまま時が止まれば良いのに、と思っている自分に私は大変驚きました。

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