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side 怜  しばらくすると、さくちゃんが布団から顔を覗かせました。 「怜、明日で良いよ。飛行機…」 「大丈夫ですか?」 「うん…多分」 「吐き気があるようだと、乗り物に乗るのは辛いですよ…。ここからでしたら、空港までバスかタクシーを使いますし、あちらに着いてからも、多分車で移動になると思うので…」  さくちゃんが不安そうな顔をして、私を見ています。きっとまだ体調が悪いに違いありません…。 「これから眠るから…。寝て、気分が良くなってたら、明日にしよう」 「わかりました。お休みなさい」  カバンを閉めて、さくちゃんのそばに行くと、殆ど無意識にさくちゃんの頬にキスをしていました。以前生活を共にしていた、女性達にするのと同じように…。 「おい!」  真っ赤な顔をして、戸惑っているさくちゃんに、なるべく普通に答えます。本当は、自分でも驚くほどドキドキしていました。 「さくらさん、具合が悪かったら、黙っていてはいけませんよ。私の言うことを、ちゃんと聞いて下さい。私はさくらさんのお客様なんですから…」 「わ…わかったよ!」  さくちゃんが私に背中を向けてしまいました。仕方ありません…。  荷物を居間に持って行ってから、もう一度さくちゃんの様子を見に行きました。 さくちゃんはベッドで寝息をたてて眠っていました。顔色は先ほどよりも良くなったようです。  私はベッドのそばに座って、しばらくの間、さくちゃんの寝顔を見つめていました。綺麗な寝顔です。  触れてみたい衝動にかられ、私はもう一度さくちゃんの頬にキスをしました。 さくちゃんの柔らかな頬に触れた自分の唇を、指でなぞってみました。女性の頬もさくちゃんの頬も、何も違いが無いのだと思いました。    1人で食事をとった後、さくちゃんのためにお粥を作ります。 さくちゃんの為に料理をするのも、もうすぐ終わりです…。楽しかった事ばかり思い出されました。  お医者様に行った後も、一緒に暮らせたら…    料理が終わったキッチンを片付けながら、そう考えました。どうしたら、一緒に暮らせるのでしょう? でも、さくちゃんは普通に女性の好きな方です。私だって、そうでした…。だけど今では、ずっと傍にいたいと思うほどの気持ちです。  これは、本当の自分の気持ちなのでしょうか? 自分でもわかりませんでした。 ただ、どうしようもなく、さくちゃんの事が愛しい…そう思いました。  先生に診ていただいた後の自分の生活を、ボンヤリと考えていました。  もし、さくちゃんの愛を得ることが出来たら…そして、ずっと一緒にいることが出来たら…どんなに幸せでしょう。  ですが、女性との恋愛でさえ、この終わりの無い命故に、感情を抑えてきたと言うのに、どうして、さくちゃんとの恋愛が考えられましょうか…。 それならば、今と同じように一緒に生活して、さくちゃんの身の回りの事をさせて頂くというのは…?  …いえ、さくちゃんだって、これから、女性と恋をして…もしかしたら、ここで暮らすようになるかもしれません。その時、私は自分の気持ちを隠したまま、さくちゃんの前から去る事が出来るでしょうか? 今よりたくさんの思い出を作ってしまっているはずです、別れがもっと辛くなってしまうことでしょう。  傷ついているさくちゃんに、今この気持ちを伝える訳にもいきません。 とにかく、何事も無いように過ごさなくてはならないのです。特に病院へ行くまでは…。

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