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85 saku
side さくら
「ママ、この人よ。ねぇ、知ってるんでしょ?」
「この人? この人は人間じゃないのよ。何百年も生きてきた吸血鬼。可愛そうに…病気の恋人に自分の血を全部あげてしまって…」
「え? 何…それ…?」
「人間相手に本当の恋をしてしまった、哀れな吸血鬼なのよ」
「…ね、ねぇ。その人…いえ、その吸血鬼はどうなったの?」
「さぁ。私は知らないわ」
何だよ…血を全部あげたらどうなるんだよ? 恋人って誰なんだよ? 胸がドキドキした。もしかしたら、もう2度と怜に会えないかも知れない…。
それからまた、俺は怜の姿を求めてドアを開けていった。
だけど、どの部屋にも怜は居なくて、これ以上捜しても無駄なような気がしてきた。俺と怜の運命なんて、こんなもの…。あの日会ってしまったのが間違いだったんだ。
最後に廊下の1番はずれにあったドアを力なく開けた。誰かがドアに背中を向けて絵を描いている。
「怜…怜はどこ?」
俺の声に、その人が振り向いた。
俺の捜していた愛しい人が、俺を見つめていた。いつもの優しい瞳で…。俺は、嬉しくって、彼に抱きついた。
「何でこんな所に居るんだよ? 探したじゃないか」
「すみませんでした…」
「どうして俺の傍に居なかったんだよ?」
「だって…私は、吸血鬼なんですよ? あなたの傍に居る資格なんてありません…」
怜が悲しそうな顔をして、俺を見つめていた。
「そんなのどうだって良いんだよ。なあ怜、ずっと、俺の傍に居てくれよ…これからもずっと」
言いたかった言葉を口にしたら、重苦しかった心が軽くなった。
「傍に居ても、良いんですか?」
「居てくれないと困る」
そう言って、自からキスをした。温かくて、柔らかくて、愛しくて、涙が出た。
怜が俺を抱きしめてから、指で涙を拭ってくれた。
「愛しています…さくちゃん」
「愛してるよ。怜」
「良かった、捜して下さって。ずっと待っていましたよ、あなたが来てくれるのを」
「怜!」
嬉しくて、嬉しくて怜の身体をギュウギュウ抱きしめた。
「痛いですよ…さくちゃん」
「あ、ごめん…」
「ねぇ、それより、さくちゃん、これ見てください」
怜が、自分の描いていた絵を、俺に見せた。
そこには、ウエディングドレス姿の俺と、タキシードを着た怜が笑っていた。
「俺…花嫁?」
「そうですよ。とっても綺麗な花嫁さんです」
「うーん…まあ、いいか…」
白い部屋のベッドで怜に抱かれていた。裸の身体を弄りあい、お互いを高め合う…。
「良いんですか?」
「うん」
怜が俺を見つめて、優しく微笑んでいた…。
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