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side 怜
「…ごめんなさい。わかりません」
本当は、はっきりわかっていました。ですが、隠そうと思っていた自分の思いが行動に出てしまったなんて、さくちゃんには言えませんでした。
「そっか…わかったよ」
「何が…ですか?」
「お前は、俺の客になったんだよな。だから、客として、俺にそういう要求をしてみただけなんだ?」
「……そうかもしれません…」
違うのに、そう答えるしかないような気がしました。他にどんな言い訳があるでしょう?
「やっぱ、そうか」
「…」
さくちゃんが私のことを見てから、フッと笑いました。
「今まで俺、ずっとお前に色々やらせてたからな…。今度は自分の番ってわけなんだ」
「そんな…」
「別に良いよ、金は必要だからね。そうだなぁ、キスの代金は、3万円でどう? 舌まで入ってきたし」
「え……」
「高すぎる? でも、俺、金が要るんだよ。だって、お前、金払ってくれるんだろ? そうだ、なんだったら、抱かれてやってもいいよ。 30万くれるなら好きなだけやってもかまわないぜ。 結構良いらしいよ、俺の身体」
さくちゃんが冷めた目で私を見つめたまま、そう言いました。
さくちゃんがそんな事を言うなんて、とてもショックでした。今までの仕返しだなんて…お金でさくちゃんを抱くなんて………。
私が返事をしないでいると、さくちゃんがもう一度大きく溜息をついてから、ベッドに横になり、布団にくるまりました。
「冗談に決まってるじゃない…。ところでお願いがあるんですけど」
さくちゃんがわざとらしく敬語を使い始めました。
「はい…」
「申し訳ないんだけど、眠るまでそこに居てもらえないですか?」
「え?」
「キスの代金は要らないですから、俺が眠るまで、傍にいて欲しいんですけど」
一言一言が冷たく感じ、胸に刺さるようでした。
「はい…」
「ありがとうございます。済みませんね…お手数おかけしてしまって」
「さくちゃん…」
「何ですか?」
「…どうして、そんな言い方…」
「だって怜さんは、俺のお客様でしょ? お客様にお願いするなんて、失礼じゃないですか? ためグチだっておかしいと思いません?」
「やめて下さい。いつものさくちゃんでいて欲しいんです」
さくちゃんが、私の事を見て眉間にしわをよせ、すぐに視線を逸らしてしまいました。
「…いつもの俺?…わかったよ」
私の足元をに視線を移してから、呟くように言いました。
「ここに居ますから、ゆっくり眠ってください」
私がそう言うと、さくちゃんは背を向けてしまいました。
「申し訳ないですね…」
背中越しに、さくちゃんの声が聞こえました。
「さくちゃん…」
「あのさ、飛行機のチケット取っておいて。それから、今度起きたら食事するから」
「わかりました…お休みなさい」
私はベッドの横の椅子に腰掛けて、背中を向けてしまったさくちゃんの事をじっと見つめていました。
普通に接することが出来なくなってしまい、とても寂しい気持ちでした。
しばらくすると寝息が聞こえてきたので、寝室を出ようと思っていると、さくちゃんが寝返りを打ってこちらを向きました。
寝返りでずれてしまった掛け布団を直そうとして立ち上がると、さくちゃんが布団から手を出しました。
「怜…手つないで…」
目を瞑ったままのさくちゃんの口元から、囁くような声が聞こえました。
私はさくちゃんが愛しくて、その手を両手で優しく包み込みました。
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