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90 saku
side さくら
怜が手を握っていてくれたおかげだろうか、夕方まで夢も見ずにぐっすり眠れた。
体のあちこちに、痛みが残っているけれど、寝る前よりもはるかに気分も体調も良い。
手首の傷は殆ど痛みを感じなくなったし、どうやら今度こそ血が止まってくれたようだ。
起き上がると、急に空腹を感じた。怜が何か作ってくれているはずだと思い、ベッドを抜け出し、寝室のドアを開けた。
「怜、居る?」
また出かけてしまったかも知れないと思い、俺はそう聞いていた。
「さくちゃん…」
洗面所の方から戻ってきた怜が、心配そうに俺のことを見た。遠慮がちな声に聞こえるのは、俺がさっき変な態度をとってしまったからだろう。
「具合はいかがですか?」
そう言った怜と、視線がぶつかり合った途端、胸が痛くなる。
どうやら、こっちの症状はどんどん進んでいるみたいで、目が合っただけなのに自然と身体が火照ってしまった。
「うん…気分良くなったよ。腹減ったし」
ドキドキして仕方無かったんだけど、なんとか、普通に会話が出来そうだ。
「そうですか、良かった。今、用意しますから」
怜の作ってくれた雑炊を食べながら、洗濯物をたたんでいる怜の姿を事をボンヤリ眺めていた。
「なぁ、明日は何時の飛行機にしたの?」
俺がそう聞くと、怜は洗濯物をたたんでいる手を止めて、俺の方を見た。
「10時の飛行機にしました。ここを8時位に出ますよ」
相変わらず優しい笑顔だ。
「わかった。空港まで、バス?」
「そうです。大丈夫ですか?」
「あぁ、多分ね。今はすごく調子良いみたいだよ」
寝る前までは、色々な事でモヤモヤした気持ちだったけれど、今はそれがすっかり晴れたようで、自分でもホッとしていた。
あの時は、キスの理由が俺に対する好意であって欲しいって思っていたのに、それを裏切られたように思えて、拗ねていたんだと、今では思える。
もしかしたら怜も俺と同じように、自分でコントロール出来ない感情に悩んでいるかもしれない。
そうか、怜の場合は、感情ではなく吸血鬼の本能に操られてしまっているんだ――。
怜の事を好きだって思う気持ちは、どんどん強くなってて、自分でも戸惑ってしまうけど、こうやって怜と過ごす時間が、幸せだって今は素直に思えた。
それに…明日は怜と一緒に出かけられるんだ。それを考えると、遠足の前日のように、ウキウキした気分になってくる。
最初で最後の旅行になるんだ。怜を思う気持ちも、もうすぐ消えてしまうんだろう。
だから…今は怜と居るこの時間を、大事に過ごさなくてはいけないんじゃないだろうか――。
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