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side さくら 「飛行機に乗るのなんて、何年ぶりだろう…。中学生のころ家族で沖縄に行って以来だったかな…。俺、ちょっと楽しみだよ」  今度飛行機に乗るのは、海外を旅する時だと思っていたけれど、予定外の事が起きてしまったよな――。  「そうですか」  怜が優しい笑顔を浮かべながら俺を見ていた。 「怜は?」 「私は…一昨年、ロンドンに行きました」  聞かなきゃ良かったな…。どうせ女と旅行に行ったとかいうんだろうな。  ヤキモチを妬いている自分が、可笑しくてしょうがなかった。 何だか、怜に恋焦がれている自分と、冷めた目でそれを観察している自分がいるようで、不思議な気分だった。 「ふーん。それって、誰と行ったのさ?」  聞かなきゃいいのにと思ったけど、聞きたい気持ちが勝ってしまった。 「…その頃、お付き合いしていた女性とです」 「そっか…・羨ましいな。俺なんて、外国行ったこと無いんだぜ。ましてや女と一緒なんてなー」  自分では、笑いながらそう言っていると思っていた。でも、そうじゃなかったみたいだ。怜が俺の事を心配そうに見ている。 「さくちゃん…?」 「何?」 「いえ…」  俺は、怜から視線を逸らし、お茶を飲んだ。  コーヒーばかり飲んでる俺に、怜が疲労回復やお肌のために良いからって買ってきたお茶だった。 「なあ、怜、このお茶、どこで売ってるんだっけ? お前が居なくなったら自分で買わないとな…でも、面倒だから、買わないかもな…」 「あの商店街の薬局か、お茶屋さんに売ってますよ。台所に箱がありますから、それを持って行けば、同じのを出してもらえると思います」 「商店街か…きっともう行かないよ。だって、八百屋のじいさん達が心配するだろ? お前が行かなくなったら」 「そうですね…」  俺の大好きな優しい笑顔で、怜が俺を見つめていた。 「さくちゃん…大丈夫ですか?」 「何が?」  怜が俺の隣にきて、指で頬を拭った。 「俺、泣いてんの?」 「はい…」 「おかしいなぁ、全然悲しくないのに」 「そうですか? 私は…」 「怜は?」 「いえ…そうですね…そろそろ、素敵な女性に色々お世話して頂きたくなりました…」 「そっか、そうだよな。もう少しだから、我慢しろよ。あ、そうだ、やっぱ商店街に行こうかな。で、八百屋のじいさん達に、実は旦那はすっごい女にだらしがない奴だったから、別れてやったって言おうかな」 「…それでも良いですよ。そう言われても、仕方ないですから…」  怜が俺を見て、悲しそうに笑った。そんな目で、俺を見ないでくれよ…体が火照って仕方が無いんだ。  お願いだから近くに寄らないで。 抱きしめて欲しいって言いたくなるじゃないか――。

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