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side 怜 「怜は…どうするんだよ? 病院で診てもらった後…」  しばらくすると、テレビに視線を向けたまま、さくちゃんが聞いてきました。 ですが、私はすぐに答えられませんでした。黙っていると、さくちゃんが話を続けました。 「あのエロ女の所に行くんだろ?」 「いえ、あの……もし、ご迷惑でなかったら…」  これからも、さくちゃんの為に、家事をやっても良いですか?  昨日、話すかどうか悩んでいた事を言いかけた時、さくちゃんが急に、テレビを食い入るように見つめてから言いました。 「あ、ごめんちょっと待って…」 「え…はい…」 「そっか…あいつ捕まったんだ…」  さくちゃんが、ホッとしたような顔をしながら言いました。 何だろうと思い、テレビを見てみると、昨晩傷害事件で捕まった、某有名企業の役員は、これまでにも、あちこちの店のホステスに怪我を負わせていた…という内容のニュースを伝えていました。 「あの人は、さくちゃんの知っている人なんですか?」 「あぁ、この間、俺のこと抱いた奴」  そう言いながら、手首を見つめていました。さくちゃんを傷つけた男は、何人もの女性と揉め事を起こしていたようでした。 「俺だって、酷い目にあったんだけどな…でも、言え無いよな…」 「どうしてですか?」 「だってさ…警察に行ったら、あの男にどんな事をされたか、話すように言われるだろ? 両手を縛られて突きまくられました…なんて言えるかよ。…俺、男とやってますなんてこと言いたくないよ。それに…あいつにはかなり金貰ってるから、ヤバイし」  さくちゃんが、テレビを見つめたままで言いました。 男性に抱かれる事は、さくちゃんにとってはお金の為以外の何物でもないのです…。 「…そうですね」 「……あ、そうだ、怜さ、さっき何か言いかけて無かったっけ?」 「あ、いえ、何も…」  さくちゃんは、自分が聞いた事も忘れてしまったようです。それでしたら、言い出せなかった言葉は、そのまま胸の奥にしまっておくことにしましょう。 やはり、さくちゃんには、さくちゃんの生活があるのです。これ以上、邪魔をしたり、乱したりするわけにはいきません。 「私も、ちょっと安心しましたよ。さくちゃんを傷つけた人が捕まって…」 「まぁね。でも、あいつ、また金で戻ってきて、同じような事繰り返すんじゃないかな。俺はもう2度と係わりたくないけど」 「そうですね」 「でも…あいつが、また俺に何かしそうになったら、怜が守ってくれるんだろ?」 「え…」  私は、さくちゃんがどういう意味で言っているのかわからなくて、返答に困ってしまいました。  傍に居て良いって事なのでしょうか? 「どこに居ても、かけつけてくれるよな?」 「…はい。もちろん…」  そうですよね…もう、傍に居る理由は、無くなるのですから…。 「さて、8時に出るんだっけ? 俺は、もう準備万端だよ」 「さくちゃん? 本当に大丈夫なんですか?」 「大丈夫だよ。それより、向こうには連絡してあるの?」 「はい。空港に奥様が迎えに来てくれるそうです」 「そっか。わかった」

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