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side 怜  ゆかりさんは、陽のあたる場所にある、もう1つのテーブルで縫い物を始めました。 テーブルの上にはたくさんの様々な布と、裁縫道具などが置いてあります。 2階の部屋のベッドに掛けてあった綺麗なパッチワークのベッドカバーも、こうやってゆかりさんが一枚一枚手作りした物なのでしょう。  しばらく私は、ゆかりさんの作業を眺めていました。 さくちゃんはと言うと、庭に来ていた野良猫が気になっていたようで、急に窓辺に行ったかと思うと、写真を撮るのに夢中になっていました。  さくちゃんは気まぐれな猫ちゃんによく似ているような気がしました。  ひとしきり猫の写真を撮ると、満足したようにさくちゃんが戻ってきました。  それから椅子に腰かけると、思い出したようにテーブル越しに、私の腕を掴んで引っ張りました。 「なぁ、怜?」 「はい…」 「これ見てよ。ゆかりさんが薬つけてくれたんだ」  さくちゃんが手首の傷を見せてくれました。 「良かったですね」 「面白い薬だったよ。ミントのゼリーみたいに緑色でプルプルしてたのに、ここに塗った途端、透明になってさ、カチンって固まってんの」 「緑色だったんですか? 私が子どもの頃に使っていたのは、ピンク色でした」 「ふーん…すげーなぁ。いろんな色あるんだ? 何だか、薬なのに、おいしそうだったなぁ」  さくちゃんがそう言って嬉しそうに笑っていました。私はさくちゃんの無邪気な様子がとても愛しく思え、しばらくそのまま見つめていました。 「そんなに見るなよ…照れるじゃん」  さくちゃんらしい言葉を、さくちゃんらしい言い方で伝えてくれました。そんな些細なことが嬉しく思えました。 「すみませんでした」 「別に、謝らなくてもいいよ。ずっと見てろよ、俺の事…」  そう言ってからさくちゃんが照れたように笑いました。 「怜、あのさ、まじめな話…聞いてくれる?」  無邪気な子供みたいだったさくちゃんが、急に真剣な顔をして、私の目を見つめました。 「えぇ。もちろん」  さくちゃんが、私の手を両手でギュッと握り締めてから、言葉を続けました。 「あのな、1つ言っておかなきゃならないんだけど」 「何でしょう?」 「俺さ、今は、怜の事がものすごく好きなんだ」  さくちゃんの言葉に、胸がドキドキしてしまいます。まっすぐに見つめられて、眩しいくらいでした。 「私も、大好きですよ」 「ホントにさ、俺、かなり重症らしくて、怜を誰にも渡したくないって思ってる。誰かと楽しそうに話しているのを見るのも嫌だし…それくらい怜のことが好きなんだ。だけどさ、その気持ちって、もしかしたら、自分の本当の気持ちじゃないかもしれないとも思ってるんだ」

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