111 / 169
111
side さくら
「久しぶり、元樹君。ずいぶん大人っぽくなったね」
怜がそう言うと、元樹は怜のことをチラッと見てから表情を歪めた。
「患者って、あんただったのか…。そりゃさ、俺はあんたみたいに大人の吸血鬼じゃないから、少しは成長してるさ」
彼が怜に好意的ではないことが感じ取られ、少し不安な気持ちになった。
「こら元樹、はるかさんにキチンと挨拶しなさい。何でそんな失礼な態度とるのよ? 昔、勉強教えてもらったりしていたでしょ?」
ゆかりさんがそう言うと、元樹がチッと舌打ちをした。態度悪い奴だな――。
「っせーな。俺は、コイツが…」
何かを言いかけた元樹に、ゆかりさんがキツイ視線を投げかけた。すると元樹はプイッと顔をそむけてから、心のこもっていない挨拶をした。
「お久しぶりです。雨宮さん」
「しばらくお世話になるから、宜しくね」
怜が優しく微笑みかけたのに、元樹は怜の目を見ようともせず、軽く頭を下げただけだった。
「ねぇ、さくらさん、あなたも吸血鬼なわけ?」
急に元樹が表情を変え、俺に声を掛けてきた。何だか懐かれたような気がする――。
「違うんだ。さくらさんは普通の人間なんだよ…」
怜の言葉に、元樹が溜息をついてから、呆れたような顔を向けた。
「何だよ、この人もあんたが手を付けたのかよ? いつもいつも…」
「元樹! 止めなさい。さくらさんも居るんだから」
ゆかりさんがそういうと、元樹が一瞬ひるんで言葉をとめた。
「なぁ、もしかして、さくらさんも父さんの患者なの? どうして人間のさくらさんが父さんに診てもらう必要があるのさ」
元樹が怜を睨みつけてから、言葉を続けた。
「あぁ、わかったよ。雨宮さんのせいなんだ? 可哀相に…さくらさん」
イヤミったらしくそう言ってから、元樹が俺の肩に手を回してきた。
「元樹、もう良いから、部屋に行ってなさい」
ゆかりさんに言われ、元樹は俺の肩から手を離すと、ぷいっと顔を背けて階段を上がって行ってしまった。
「ごめんなさいね、あの子ったら」
ゆかりさんが申し訳なさそうに俺と怜に謝った。
「いえ、良いんですよ」
怜が少し寂しそうな顔をしながらそう答えていた。
俺は、怜と元樹の間に溝がある事を感じ、ここに居ることが少し憂鬱になった。
でもまぁ、昼間はあいつは店に行っているんだろうけど――。
「さて、台所の片づけが終わったら、順番にお風呂に入ってしまったら? 元樹が入ると長いから」
「はい、ありがとうございます。後少しで食器を拭き終わりますから」
俺と怜は、キッチンに戻って食器の片付けの続きを始めた。
「なぁ、怜、元樹と何かあったの?」
気になっていたので怜に聞いてみた。何か理由がわかれば解決の糸口が見つけられるかもしれない。
「それが、私にも、良くわからないんです」
「そっか…。あいつも2階の部屋みたいだよな。なんかちょっと、不安なんだけど」
「大丈夫ですよ。私にはあんな態度ですが、ホントは優しい子ですから」
怜が俺の肩をポンポンと叩いた。
「そうなのかな…」
ともだちにシェアしよう!