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114 saku
side さくら
怜の事を思いながら少しずつ手を下に動かしていると、ドアをノックする音が聞こえた。
俺は慌てて動かしていた手を止めた。
「さくらさん」
ゆかりさんの声が聞こえた。
俺は慌ててシャツを戻し、昂ぶった気持ちを静めようと深呼吸をした。
「はい…」
部屋の入口の所に行って扉を開けると、ゆかりさんが部屋の前に立っていた。
「ごめんなさいね。もう寝てたのかしら?」
「え…いえ…」
俺は自分がやっていた事を思い出して恥ずかしくなり、ゆかりさんの視線をさり気なく避けた。
「お願いがあるのだけど…。さくらさん、寝る時は必ずドアに鍵をしておいてちょうだいね。それから……はるかさんが言ってたんだけど、 はるかさんがさくらさんの部屋に来て、さくらさんの事を呼んでも、絶対にドアを開けずに、ドア越しに話をするようにって。意味、わかるでしょ?」
「はい…」
怜の心配している事はわかる。怜がまた正気を失って、俺の血を吸うかもしれないと思っているんだろう。
「もし、何かあったら…無いに越した事はないのだけど…。向かいの部屋が元樹の部屋だから、助けを求めてちょうだい…」
「わかりました…」
こんなに近くに居るのに、好きだって事がわかったのに、触れ合えないなんて…。
「さくらさん、辛いのはわかるけど、我慢してね。はるかさんは、あなたの事がとても大切だって思っているのよ」
「はい…」
わかってる…だけど、胸が苦しくなってきて、自然に涙が溢れてきた。
自分がこんなに涙もろかったなんて――。 いや違う、やっぱり感情がコントロール出来ないんだ。
なぁ、怜、今すぐ抱きしめて、優しく微笑んでよ…。 そう思ったら、涙が止まらなくなった。
座り込んで子供のように泣きじゃくってる俺のことを、ゆかりさんが抱きしめてくれた。「はるかさんの前では泣かないであげてね。さくらさんが悲しそうだと、はるかさんも辛いと思うわ。 昼間なら、はるかさんと居られるでしょ? 私も一緒だけど…」
ゆかりさんが子供をあやすように、俺の背中をトントンと叩いた。
「…すみません。わかってるんですけど、自分でも気持ちがおさえられなくて…」
「そうね、辛いわね」
気持ちが落ち着くまで、ゆかりさんが傍に居てくれた。涙が枯れると、急に恥ずかしくなってしまい、顔が上げられなかった。
「ありがとうございました…。もう、大丈夫です」
自分の母親にも見せたことのないような醜態を、会ったばかりのゆかりさんにさらしてしまった……。
俯いたままでいると、ゆかりさんが俺の頭をくしゃくしゃっと撫ぜた。
「どういたしまして。それじゃ、下に行くわね」
「お休みなさい…」
「お休みなさい。ゆっくり休んでちょうだい」
「さくらさん、絶対に、鍵忘れないで」
部屋を出て、階段の方に行きかけたゆかりさんが、振り向いてもう一度俺に念を押した。
「はい」
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