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side さくら 『愛しています…』  怜の声を何度も思い出し、幸せな気持ちで目を瞑った。 『愛してるよ…怜』  眠りに落ちそうになった時、ドアをノックする音が聞こえてきた。ドアの方に行こうとベッドから立ち上がると、 怜の囁く声が聞こえた。 「ちょっとだけ、顔が見たい…」  怜のその声が聞こえた途端、俺はドアの所にとんで行き、迷わず鍵を開けてしまった。 だって、俺も怜の顔が見たかったんだ…。さっきの怜は、正気の怜だって俺にはわかってた…だから…・。 「怜!」  小さい声で、名前を呼んで、廊下に立っている怜の体に抱きついた。 「さくらちゃん」  甘く囁く怜の顔を見た途端、俺は自分のした事を後悔した。あれだけ、ゆかりさんに言われていたのに…。  怜の目は、俺を見ていなかった。正気を失った時の目、俺を通り越して、どこか遠くを見つめている…。 「愛していますよ…」  感情の込められていない愛の言葉を何度も囁きながら、怜が俺の首筋に顔を近づけていった。  ダメだよ怜! これ以上俺の血を吸ったら、お前はどうなってしまうんだよ?  嫌だ、俺、お前を失いたくない! 「元樹! 助けて!」  怜の体をぐっと押しのけながら、そう叫んだ。ごめん、怜…俺がいけなかったんだ。 俺の声を聞きつけた元樹が、部屋から飛び出してきた。 「おい! あんた、何やってんだよ! 目覚ませ!」  元樹が、胸倉をグッと掴んでから怜の頬を叩いた。でも、怜は怯みもせず、元樹の鳩尾に膝蹴りを食らわせると、その体を突き飛ばした。倒れこんでいる元樹の体を跨ぐと、怜が俺に肩を掴み、俺に覆い被さってきた。 「怜! やめろ!」 「さくらさん、愛しているんでしょ? 私のことを――」  怜がそう囁いてから、俺の首筋をいやらしく舐めた。ゾクッとして全身に鳥肌がたった。 「今の怜は、俺の愛してる怜じゃない!」  必死に怜の拘束から逃れようとしながら、そう叫んだ。 「何言ってるんです? どれも全部、私なんですよ…さくらさんが知らないだけです」  その言葉が聞こえたかと思うと、怜の牙が首筋に当たった。俺は、もうダメだ…って思って顔をそむけ目を瞑った。  次の瞬間、怜の体がグイッと後ろに引っ張られていった。 「やめろよ! はるかさん!」 「煩い! さくらは私のものだ! ガキのお前に何て決して渡さないぞ!」  怜の険しい表情と、乱暴な言葉使いに恐ろしいものを感じた。俺の知ってる優しい怜じゃない。  放心状態の俺の前で、しばらくの間、元樹と怜がもみ合っていた。  すぐに階段を駆け上がる音が聞こえた。そして、ゆかりさんの慌てたような姿が目に入った。  必死の形相の元樹が、怜の体を床に押えつけていた。ゆかりさんは元樹と頷きあうと、怜の腕に何かを貼り付けた。その途端、元樹の下でもがいていた怜の動きが止まり、グッタリと廊下にのびてしまった。

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