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side さくら 「怜! 怜!」  俺は、怜の傍に駆け寄って、怜の体を揺すった。 「…さくらさん…注意しておいたのに…」  ゆかりさんが、怜の横で半泣きになっている俺の顔をじっと見ていた。 「すみません…」 「違うよ、こいつがいけないんだ、さくらさんを騙しているんだよ。『愛してる』なんて言葉を使って、さくらさんにドアを開けさせたんだ!…こんな酷い奴信じたらダメだよ、さくらさん。傷つくのは、さくらさん、あなただよ?」    元樹が俺の事を見つめながら、そう言った。 「元樹…ありがとう、さくらさんを助けてくれて。でもね、はるかさんの事、そんな風に言うものじゃないわ。はるかさんは優しい人だって知っているでしょ? さくらさんの事とっても愛しているの。今は正気を失っているだけなのよ」 「そんなのわかるもんか…こいつの愛なんて、欲求が満たされたら、それで終わりなんだから。ボロ雑巾のように捨てられるだけなんだ――」  怜のことを冷たい視線で睨みつけながら、元樹がそう言った。 「元樹、それ以上言ったら、母さん許しませんよ。さ、手伝って。はるかさんを部屋に連れて行きましょう」  ゆかりさんがそう言って怜の体を起こそうとした。 「あ、俺が…」  手伝うと言おうとすると、ゆかりさんが手を出して、俺が怜に触れるのを止めた。 「さくらさんは、部屋に入っていて。はるかさん、しばらくは起きないはずだけど、薬がどの程度効くかわからないから。今度は何があってもドアを開けないで」 「はい…」 「さくらさん、俺の部屋で寝ろよ。俺、こっちで寝るから」 「そうね、その方が良いかもしれないわね。でも、鍵は忘れずに掛けて…」  元樹が部屋に案内してくれた。綺麗に整頓された部屋には、観葉植物がいくつか並べられていた。  元樹がノートパソコンや着替えなどを俺の居た部屋に運んでから、ベッドに座っていた俺の体をフワッと抱きしめた。 「お休み、さくらさん。…鍵、忘れずにね」  そう言いながら元樹は優しく俺の頬に触れた後、部屋を出て行った。  俺は鍵を閉めようと思いドアに近づくと、廊下からゆかりさんと元樹の会話が聞こえてきた。  元樹が怜の事を悪く言ってるのが聞こえて、切なくなった。  俺が鍵を開けてしまったせいで、怜がますます元樹に嫌われてしまったんだ…。自分の浅はかな行動にメチャメチャ後悔していた。  ゴメン、怜――。  元樹のベッドに入って、目をかたく瞑り眠ろうと思った。だけど、なかなか眠れなかった。 さっきの怜を思い出し、胸が痛くなる…あんな乱暴な怜、見たことが無かった。  もしかしたら、元樹が言っていたように、本当に怜の心の中には『愛』なんてものは無いんじゃないだろうか?  血を吸う為に『愛してる』って言葉を使ってるだけなんじゃないだろうか? 悪い男が、女とセックスするために使っているの魔法の言葉――。

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