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side 怜
「なぁ、雨宮さん」
急に元樹君が私に声をかけてきました。
「何だい? 元樹くん」
「あんたが寝てる間、俺がさくらさんのこと大事にしてやるから、安心しなよ」
「ありがとう。元樹君…」
元樹君が心を開いてくれたのかと思い、ペンを持った手を止めて、元樹君の方を見ました。でも、彼は相変わらず、私に冷たい視線を向けたままでした。
「なぁ、さくらさんとは、当然もうやってんだろ?」
「え…」
「何惚けてるのさ、セックスだよ?」
「さくらちゃんとは、まだ、そういう関係では…」
「マジかよ? 嘘だろ? あの頃だって…」
「…お互いに好きだって事が、わからなかったんだ…昨日まで…」
「何それ? あんたらしくないじゃん。好きも何も、血吸った後には、セックスって決まってんじゃないの?」
「そういう訳じゃない。それに、さくらちゃんは特別なんだよ。彼とは…」
「彼?…」
元樹君が驚いた顔をして、私を見つめました。
「さくらちゃんは、男性なんだ」
私の言葉に、元樹君が笑い出しました。そして、しばらく彼の笑い声は止まりませんでした。
「バカじゃないの? 信じらんねー…あの雨宮はるかさんが、男を好きになるなんてさ。でも…まぁ、さくらさん 、可愛らしいし、俺も嫌いじゃないよ…そっか…まだ、やってないんだ。じゃあ、俺にもチャンスあるかな?」
「悪いけど元樹君…さくらちゃんは…」
「ん? 無理やり自分のモノにしようとは思わないよ。俺、そういうの大嫌いなんだ。それに、途中で投げ出してしまうような恋愛もね。いくら、俺達が吸血鬼だからってさ…」
元樹君が、少し苦しそうな表情をしました。私は急に、自分が遠い昔に悩んでいた事を思い出しました。どんなに愛した相手でも、ずっと一緒にはいられない…。かといって、相手に自分が吸血鬼である事を伝えてしまうことも出来なくて…。
血が欲しくなるたびに自分を責め、吸血鬼であることを疎み、私を生んだ母に辛く当たっていた事を…。
元樹くんも、昔の私と同じように悩んでいるのかもしれません。
「そうですか…」
「俺は、愛する人と一生を共にしたい」
じっと私の事を見つめている視線に、強い意思を感じました。
再び元樹君と私の間に沈黙が戻りました。
私は急いで手紙を書き終えることにしました。元樹君の言葉が気になり、元樹君の言動に気をつけるように…と書いてしまいたかった。でも、私が眠っている間に、万が一、さくちゃんが元樹君に心を惹かれてしまったとても、それは仕方がない事のように思えました。
『愛する人と一生を共にしたい』
…元樹君の気持ちが本当なら、彼もさくちゃんの幸せを考えてくれるはずです…。
部屋に戻って来たゆかりさんが、水の入ったコップと、カプセルを渡してくれました。
「…ゆかりさん、さくらちゃんをよろしくお願いします」
「わかったわ。安心して…。次に会う時は、2人とも健康な体に戻れるから」
「はい」
…目覚めた時、愛しい彼が私の傍にいてくれますように…。
吸血鬼が神に祈るなんておかしなものですが、祈らずにはいられませんでした。
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