124 / 169
124
side さくら
「さくらさん? どうかしたの?」
部屋の中をうろうろしている俺を見た、ゆかりさんが心配そうに声をかけてきた。
「怜の声が、聞こえたんだ。俺のこと呼んでた。考え事しながら裁縫するなって…」
「はるかさんが?」
ゆかりさんが不思議そうな顔をした。
「そう。でも、声だけしか聞こえないんだ」
「さくらさん。座って話しましょ」
ゆかりさんにソファーに座るように促された。
「…はい」
-さくらちゃん…私は、いつもあなたの傍にいますよ-
「ほら…ゆかりさんも聞こえたでしょ?」
「ううん。私には聞こえないのよ」
「さくらさん、手を出して」
「はい」
傷口をおさえているティッシュが、血で赤く染まっていた。ほんの小さな傷だけど、今の俺の身体は、その傷さえも治せないでいるようだ。
-大丈夫ですよ。もうすぐ先生が帰ってくるから-
「うん、分かってる…なぁ怜、俺、早くお前に会いたい」
-私もです-
「あのな、怜、愛してるから…。だから、ずっと俺の傍に居て…」
怜の事が無性に恋しくて、目を閉じながらそう言って、怜の返事を待った。
-愛していますよ、さくらちゃん。ずっと傍にいて良いんですか?-
怜の言葉に安心して、身体の力が抜ける。
「当たり前だろ?」
-あなたの気持ちが離れてしまっても?-
「そんな事、絶対無いよ…」
ホントは、怜のこと覚えていなかったりしたら、俺たちはどうなるんだろう? とか、
お互いに興味も湧かなかったらどうしよう? とか、
不安な気持ちは消えていなかった。
だけど、今はそんな事言えるような精神状態では無かった。
とにかく、「怜を愛してる」という思いを伝えたかった。
「あらあら、私には、はるかさんの声は聞こえないけど、聞いてる方が、ちょっと恥ずかしくなるような会話しているみたいじゃない?」
ゆかりさんが傷口を消毒しながらそう言って笑った。
「あ…すみません…あの、でもどうして、怜の声が聞こえてくるんだろう?」
「そうねぇ…お互いのことを思う気持ちが強いからじゃないかしら」
可愛らしく微笑んだゆかりさんが、そう言ってウインクした。
俺は急に恥ずかしくなって、顔が熱くなった。
「不思議だな…」
「そうね。でも、この傷の血を止めたら、多分聞こえなくなると思うわ」
「え…」
それじゃあ、もし血を止めないでいたら、いつでも怜と会話出来るんじゃないだろうか?話が出来るんなら、このくらいの血そのままにしておいたって…
「さくらさん? 薬は塗っておかないとダメよ。分かってる?」
ゆかりさんが俺の考えている事を察して、そう言った。
「はい…」
-さくらちゃん、後少しだから、我慢して下さい-
「わかってるよ…」
ミントゼリーみたいな薬をつけると、怜の声は聞こえなくなった。
ともだちにシェアしよう!