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side さくら  再び針を動かして、小さな布を縫いあわせる事に集中した。 途中でゆかりさんがかけてくれた音楽は、とても心地良くて、不安な気持ちも寂しい気持ちも忘れさせてくれた。 「あら、そろそろ夕食の用意をするわね。さくらさんは、少し休んだ方が良いんじゃない?ずっとやってたから目が疲れたでしょ?」  伸びをしながら薄暗くなっていた窓の外を見た。家にいた頃は、この位の時間にやっと起き出していたっけ…。 「じゃあ、ちょっと部屋に行って、休んできてます」 「分かったわ。食事の時間になったら、呼びに行くからね」  使っていた裁縫道具を片付け、居間を出た。 階段を上り、部屋に向おうとしたが、その前に、怜の部屋を覗いてみようと思った。 朝、ゆかりさんは部屋を出た後、鍵を閉めていなかったと思う。  怜の部屋のドアノブに手をかけて回してみると、カチャっといってドアが開いた。きっと、仮死状態の怜は、起きることが無いって分かっているから、鍵をしていないんだろう。 部屋の中の空気はひんやりとしていた。俺はベッドに近寄り、怜の顔を覗き込んだ。 「やぁ、怜。会いに来たよ」  ベッドに寄りかかりながら怜の顔を見つめた。表情1つ動かない… 「ランチョンマット、まだ当分出来ないや。ここにいる間に1枚出来るかどうかだな。後は、帰ってから作る事になりそうだよ…。帰ってからなんて、そんな事する時間あるかな?」  冷たい頬に手を触れながら、眠っている怜に話し掛けた。帰ってからの事、考えられない…また、あの店で働くんだろうか? あの店で働いてたのは、子供の頃からの夢の為だった。でも、今は、その夢さえ色褪せてしまっていた。 「そう言えば、さっきはビックリしたなぁ。怜と話が出来るなら、傷をそのままにしておこうかと思ったんだけど、ゆかりさんに止められちゃった」  ジッと見つめながら話し掛けるけど、怜は何も答えない。 「返事…して欲しい…」  溜息をついてから、そっと怜の唇にキスをした。冷たい唇に触れた途端、身体がカッと熱くなった。 「部屋に帰るな。何だか、ここにいると、やりたくなりそうだよ俺…」  自嘲気味に笑いながら、怜の唇にもう一度キスをしてから部屋を出た。  あと少し…そうしたら、お互いに元気な身体に戻っているんだ。怜と2人で、新しい生活を始めるんだ…。                     

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