125 / 169
125
side さくら
再び針を動かして、小さな布を縫いあわせる事に集中した。
途中でゆかりさんがかけてくれた音楽は、とても心地良くて、不安な気持ちも寂しい気持ちも忘れさせてくれた。
「あら、そろそろ夕食の用意をするわね。さくらさんは、少し休んだ方が良いんじゃない?ずっとやってたから目が疲れたでしょ?」
伸びをしながら薄暗くなっていた窓の外を見た。家にいた頃は、この位の時間にやっと起き出していたっけ…。
「じゃあ、ちょっと部屋に行って、休んできてます」
「分かったわ。食事の時間になったら、呼びに行くからね」
使っていた裁縫道具を片付け、居間を出た。
階段を上り、部屋に向おうとしたが、その前に、怜の部屋を覗いてみようと思った。
朝、ゆかりさんは部屋を出た後、鍵を閉めていなかったと思う。
怜の部屋のドアノブに手をかけて回してみると、カチャっといってドアが開いた。きっと、仮死状態の怜は、起きることが無いって分かっているから、鍵をしていないんだろう。
部屋の中の空気はひんやりとしていた。俺はベッドに近寄り、怜の顔を覗き込んだ。
「やぁ、怜。会いに来たよ」
ベッドに寄りかかりながら怜の顔を見つめた。表情1つ動かない…
「ランチョンマット、まだ当分出来ないや。ここにいる間に1枚出来るかどうかだな。後は、帰ってから作る事になりそうだよ…。帰ってからなんて、そんな事する時間あるかな?」
冷たい頬に手を触れながら、眠っている怜に話し掛けた。帰ってからの事、考えられない…また、あの店で働くんだろうか? あの店で働いてたのは、子供の頃からの夢の為だった。でも、今は、その夢さえ色褪せてしまっていた。
「そう言えば、さっきはビックリしたなぁ。怜と話が出来るなら、傷をそのままにしておこうかと思ったんだけど、ゆかりさんに止められちゃった」
ジッと見つめながら話し掛けるけど、怜は何も答えない。
「返事…して欲しい…」
溜息をついてから、そっと怜の唇にキスをした。冷たい唇に触れた途端、身体がカッと熱くなった。
「部屋に帰るな。何だか、ここにいると、やりたくなりそうだよ俺…」
自嘲気味に笑いながら、怜の唇にもう一度キスをしてから部屋を出た。
あと少し…そうしたら、お互いに元気な身体に戻っているんだ。怜と2人で、新しい生活を始めるんだ…。
ともだちにシェアしよう!