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side さくら
「なぁ、元樹、飯食ってから着替えるんでも良いだろ?」
「あぁ、良いよ。さぁ、さくらさん、食べようよ」
食事の間も、元樹のテンションは高いままだった。本当に俺、大丈夫だろうか? 店に出てる時は、酒を飲んでるからどんな相手でも話を合わせられるけど、しらふの状態で元樹のテンションに合わせるのは、ちょっとしんどいかも――。
朝食がすむと、元樹の持ってきた服に着替え、出かける用意をした。
「それじゃあ、夕方には帰っていらっしゃい」
「夜かもしれない。食事してきたいし…」
「元樹…」
「夕方電話するよ。いいでしょ? ね、さくらさんも…」
「え、あぁ…いいよ」
俺は笑顔を作ったんだけど、本当はそんなにお前と一緒に居ないといけないのか?って思い、心の中で舌打ちした。
「さくらさん、どうぞ」
ゆかりさんに見送られ、俺たちは車に乗り込んだ。
「ん…サンキュ」
俺が助手席に座ると、元樹がドアを閉めてくれた。それから元樹は、車の前を回って、運転席に乗り込んだ。
「ごめんね、さくらさん」
ハンドルに手をかけながら、まっすぐ前を向いたままで元樹がそう言った。
「何だよ? 急に」
「早くあいつに会いたいだろ?」
「そりゃ…そうだけど」
「…」
「でも、俺、ちゃんと約束守るよ、お前とデートする。だから、元樹も俺との約束守ってくれよ」
俺は元樹の方を向いてそう言った。
怜に酷い事言わないっていう約を束守ってくれよ…。元樹がどういう反応するか わからなくて、声には出せなかったけど。
「あぁ、もちろんだよ」
少し寂しそうな笑顔で、元樹がそう言った。
元樹は、しばらく黙ったままだった。気にはなるのだけど、何て言ったら良いのかわからず、2人だけの車内は、気まずい沈黙が続いてしまった。音楽でもかけてくれれば良いのに…。
「ねぇ、さくらさん、小樽運河って聞いたことある?」
ずっと黙っていた元樹が、急に声を掛けてきた。横顔をチラッと見たけれど、明るい表情に戻っていたので、俺はホッと胸を撫で下ろした。
「あー…テレビとかでチラッとだけね」
「じゃ、車置いて、ちょっと歩いてみようよ。そんなに遠くないのに、来たことなかったんだよ」
駐車場を見つけて車を下り、先に歩き出した元樹の後について行った。
「さくらさん、こっち来なよ」
足を止めて待っていた元樹にすっと肩を抱かれた。一瞬ぎゅっと抱き寄せられ、居心地が悪いような、奇妙な気分になってしまった。大好きな怜とだって、こんな風に歩いた事が無かったのに…。
「ほら、あそこだよ」
元樹が、俺の肩を抱いていた手を離し、少し先にある河を指差していた。
元樹の手が肩から離れると、ホッとして呼吸が楽になった。
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