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side さくら 「どうして?」  目の前にいたのは、元樹だった。  俺の目の前で俯いている元樹の肩が、微かに震えていた。 そこは、どうやらラブホテルのようで、大きなベッドの上に、俺と元樹は向き合って座っていた。 「何で覚えてるの?」  元樹がそう言った。覚えているってどういうことだろう? 「はるかさんのこと、どうして覚えてるのさ…」  顔を上げた元樹は、悲しげな表情をしていた。 「忘れるわけないじゃん」  俺は迷わず「怜を愛しているから」って続けた。 「なあ、元樹?」 「忘れちゃうはずなのに…なんで効かなかったんだろ…」 「何が効かなかったんだよ?」  俺はカッとして、両肩を掴んで元樹の身体を揺すった。 「薬…俺にとって都合の悪いことを忘れてしまうように――」  元樹がそう呟いた。  薬だって?! 俺は言葉に言い表せない程の怒りを感じた。  薬で相手を、自分の思い通りにしようとするなんて、あの自己中心な男、利一と同じじゃないか。  お坊ちゃまのやる事って、どうしてこんなのばかりなんだ!  だけど、元樹の泣きそうな顔を見ていたら、その怒りを表すことが出来なかった。 「あのな、人の気持ちを薬でどうにかしようとするなんて、俺、許せないな。せっかく、お前っていい奴だな…って思い始めてたのにさ。結局、お前は、俺とやりたかっただけなんだな?」  元樹の目を見つめて、静かにそう言った。 「違う!」 「どこが違うんだよ? 薬飲ませて、ホテルに連れ込むなんて、ヤル以外何があるのさ」 「…」 「そんなにやりたかったら、やらせてやるよ。だけどな、言っとくけど、やったとしても、お前のことは絶対好きにならないからな」  俺がそう言うと、元樹が首を振った。 「そうじゃないんだ…」 「じゃ、何だよ?」 「どうして、あいつなんだよ」 「え?」 「何で、みんなあいつの事が忘れられないんだよ!」 「みんな…って、どういう事だよ」  もしかしたら、元樹が怜の事を毛嫌いしている、本当の理由がわかるかもしれないと思った。 「みんなって、誰の事か話してみろよ」  俺がそう言うと、しばらく黙ったままだった元樹がポツリポツリと話し始めた。 「昔、あいつが、俺んちの近くに住んでいた頃、俺、あいつに憧れてたんだ」 「へぇ…そうなんだ…」 「雨宮さん、優しいし、面倒見も良いし。同じ吸血鬼だって事もあって、すごく信頼してたし、尊敬もしてた 。だけど、あいつがあの街から居なくなった後…」  元樹の顔が、辛そうに歪んだ。 「半年後位に、俺に彼女が出来たんだ。それで、その彼女と身体の関係を持つようになって、しばらくした頃、抱き合ってる時に、彼女があいつの名前を呼んだんだ。 ショックだった…。違う人かもしれないって思ったけど、 彼女を問い詰めたら、彼女が泣きながら話してくれた。雨宮遙と2年前位に付き合っていたって…俺と一緒に居ると、あいつを思い出すって。目が眩むようなキスが、あいつと同じだって…」

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