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side さくら
それから1ケ月の間、俺と怜はこれから先の事を話し合ったり、物づくりをしたり、観光したりして過ごした。
そうそう、お店を開いたときに使えるような小物作っておこうって話にもなって、2人でランチョンマットを作ったりもした。 ミシンで模様を刺繍した2枚の布を、縫い合わせる…って感じの単純なものだったけど、結構オシャレっぽく出来たと思う。
それから、心強いことに、俺達が店を出す時には装飾の手伝いをしたいから連絡して欲しいと、ゆかりさんが申し出てくれた。
ゆかりさんは、今までに何軒ものお店をやった事のある人なので、その時は装飾だけじゃなくて、色々助けて下さいってお願いしておいた。
だから…
長年の夢だった、海外逃亡は、しばらくお預けになりそうだ。
自分達の店が軌道に乗って、 地道に貯金を増やしていけるようだったら、いつかは怜と2人で海外を回ってみても良いかもと思い始めた。
今の俺は、長年思い描いていた夢を叶えるよりも、怜との時間を大切に過ごしていきたい。
小学校の頃から、見つづけていた夢は、現実の世界から逃げ出したかった気持ちの現れだったのかもしれない…。
ここに来て、ゆかりさんや先生の包み込むような優しさに触れられたことは、家族と縁が薄かった俺にとってはとても嬉しい経験だった。
元樹とは兄弟のように色々と話せるようになったし。
こんな温かい家庭に育っていたら、水商売や身体を売るようなアブナイ事をしないですんだのかも知れないと、切なく思ったりもした。
でも、順風満帆に生きていたら、怜と会うことはなかっただろうから、今の道が間違っていたわけではないと思う。
人生何があるかわからないって、本当にそう思った。
向こうに帰ったら、俺はバーで働いて、怜には今までと同じように家事をやってもらう生活をしつつ、休みの日に店の場所を探したり、必要な情報を集めたりしよう。
俺達の店で出す料理のメニューを考えたり、内装を考えたり…やることが色々ありそうだけど、考えるだけでもワクワクしてくる。
怜が居なかったら、こんなこと考えなかっただろうな…。怜と出会って、人生に対して前向きになれたと思う…。
そして、ついにマンションに帰る日になった。
ここに来て約2ヶ月、今までになくゆっくり過ごす事が出来て、とても良かったと思う。大好きな怜も一緒だったし…。
俺の体調もすっかり元に戻ったようで、手首の傷口もキレイに治ってるし、変な感情の起伏もほぼ無くなった。まぁ、うれし泣きする回数は増えたような気がするけれど…。
怜はと言えば、薬を飲んでからは吸血行動に出る事も無く、俺を襲うでもなく(違う意味では襲われるけど)、もしかすると、このまま吸血鬼に戻らない可能性が強いかもしれないと先生は言っていた。怜はそれでも良いと思っているって。
俺は、本当にそうだったら良いな…って思ってるけど、怜が元の吸血鬼に戻ってしまっても、仕方ないことなんだと覚悟はしている。
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