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side さくら
水沼先生はおととい、俺たちの体調を診てくれた後、また旅に出かけてしまった。
だけど、今回は国内を回るらしいので、ゆかりさんが少しホッとしてたみたいだ。
先生はそのうち俺達の所にも寄るからって、連絡先をスマホに登録していた。ゆかりさんが、くれぐれも突然お邪魔しないようにって注意していたけれど、先生なら突然来るんだろうなって、この1ヶ月の間一緒に生活して感じたのだ。
まぁ、それが先生だと思っているし、俺達を救ってくれた人だから、大歓迎だ。
「忘れ物は無い?」
玄関まで来ると、ゆかりさんが後ろから聞いてきた。
「はい。大体の荷物は宅急便で出しましたし。もし、何か忘れ物があったら、送っていただけますか?」
怜が変わらず丁寧に答えた。怜のこの話し方が変わる日がくるのだろうか?
「もちろんよ。それじゃ、気を付けて帰ってね。お店のこと決まったら連絡してちょうだい。楽しみにしているわ」
ゆかりさんが目をキラキラさせながらそう言った。俺達も楽しみ
「有難う御座います」
「ホントにお世話になりました。ありがとうございました…」
そう言ったら涙が出そうだった。色々な症状は治った…と思うのだけど、俺は前よりも涙もろくなったような気がする。
それは、この2ヶ月の間に、家族の暖かさというものを経験したからなのかも知れない。
「元気でね、さくらさん。私、ちょっと寂しいわ」
ゆかりさんが俺達を見て、今にも泣き出しそうな顔をした。そんな顔をされたら…
「俺も…寂しいです…。ゆかりさん、俺達、絶対に店やりますから。きっと来て下さい」
俺は鼻を啜りながらそう言った。
もう泣き顔は見られたくなくて、俺は一生懸命笑顔を作った。
「わかったわ、楽しみにしているからね」
ゆかりさんの手が、優しく俺の頭を撫ぜた。暖かくってとっても良い気持ちだった。
その途端、こらえていた涙が両目から溢れ出してしまった。その涙は、別れの寂しさと、新しい夢を持った喜びの両方を表しているんだ――。
「ありがとうございます。ゆかりさん…」
そう言って怜が、ゆかりさんに握手を求めていた。
「それから、はるかさん、半年間血が欲しいって思わなかったら…」
「わかっています。半年間血が欲しくならなかったら、吸血鬼ではなくなる。私はそれでも構わないと思っています。何か変化があったら、連絡しますので」
怜はニッコリと笑っていた。その笑顔を見て、俺も安心して頷いた。
「そうしてちょうだい。すぐに水沼にも連絡するから」
「準備できたから、そろそろ行こうか…」
車の準備をしていた元樹が、玄関を開けてそう言った。
「よろしく頼むね。元樹くん」
俺たちは、元樹が運転する車で空港に向かった。
だんだん小さくなっていくゆかりさんの姿を、俺はずっと後ろの窓から見つめていた。
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