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第27話 キスは好きな人としかしないよ
「じゃあ、始めようか」
その次の打ち合わせで顔を合わせると、彰は何事も無かったかのような様子で資料を広げた。俺は内心、拍子抜けした。ここのところ奴からのメッセ―ジを無視し続けていたから、何か言われるかと思っていたのだ。
「あ、その前に、この前の金。遅くなって悪かったけど」
しかし封筒を差し出しても、彰は受け取ろうとしなかった。
「やっぱり、払ってもらわなくていいよ」
「どうして? そんなわけにはいかないだろ」
俺は困惑した。
「いや、払わなくていい。その代わり、僕の頼みを一つ聞いてくれないか?」
「い、いかがわしいことならお断りだぞ?」
警戒の色を見せる俺を見て、彰は意味深な笑みを浮かべた。
「いかがわしいって、例えば?」
「この前、口止めとかいってキスしてきただろうが……」
「キスくらいで、そんな風に考えるの? 純情だなあ」
俺はむっとした。
「そりゃ、お前にとっちゃ、キスなんて誰とでもするものかもしれないけど……」
俺の脳裏には、彰の部屋から出て来たあのほっそりした男の姿があった。だが彰は、意外にも真面目な顔で否定した。
「僕は、キスは好きな人としかしないよ。昴太が好きだからキスしたに決まってるだろう?」
――でたらめ言ってんじゃねえよ。他の男と暮らしてるくせに……。
内心毒づきながら、俺は聞こえなかったふりをして続きを催促した。
「で、頼みって何だ?」
「今度の日曜の夜は空いてる? 一緒に行きたい店があるんだ。そこで夕食をおごってくれるだけでいいから」
「――でもそれじゃ、相殺にならないだろ」
俺の方は、前回タクシー代やホテル代まで出してもらったというのに。しかし彰は、それだけでいいと頑なに言い張った。俺は、仕方なく折れた。
「分かった。この前のお礼だから、遠慮なくどんどん食えよな」
すると彰は、嬉しそうに頷いた。
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