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第29話 こいつは、何でもないから

「なあなあ、魚が苦手ってことは、お前は何が好きなんだよ?」  店を出た後で、俺は彰にたずねた。 「秘密」 「何でだよ! 二軒目は、お前好みの所にしようと思ったのに」  俺は口をとがらせた。さすがにあれだけでは、彰も食べ足りないだろうと思ったのだ。奴が前回レストランで頼んでいたメニューを思い出そうとしたが、あの時は洋一さんといずみさんのことで頭が一杯だったせいか、全く記憶に無い。 「じゃあ適当な店で……」 「よう! 風間じゃん!」  その時、前から来た若い男たちのグループが、すれ違いざまに俺に声をかけた。そちらに視線を向けた俺は、ドキリとした。  ――拓斗。それと……。  何とそれは、高校時代のクラスメイトたちだったのだ。馨も一緒だった。奴は、気まずそうな顔をした。  ――今日都合が悪いと言っていたのは、こいつらと会うからだったのか……。 「へえ、彼氏できたんだ? 良かったじゃん、同類のホモと出会えてさ」  運の悪いことに、グループの中心にいたのは、高校時代にいじめのリーダー格だった、新条(しんじょう)という男だった。新条は、俺と彰を見比べて、下品な笑いを浮かべた。奴の取り巻きも、一緒になってにやにやしている。拓斗は、俺と目が合うと、すっと目を逸らした。 「もう行こう」  馨は、諫めるように新条をつついたが、奴は調子に乗る一方だった。 「何言ってんだよ。久しぶりに会えたんだから、近況くらい教えろよな。そういう相手って、どこで見つけるわけ?」 「おい!」  馨が、強引に新条の腕を引っ張る。その時、取り巻きの一人が、あっと声を上げた。 「こいつ、何だか見たことがあると思ったら、囲碁のプロじゃん! ええと、有名なプロの息子で……」  ――まずい!  俺は焦った。天花寺義重の名前は、ちょっと囲碁をやる者なら誰でも知っている。その息子の彰も、顔は知られる存在だ。  ――彰は有名人なのに、こんな奴らのせいで変な噂が立ったら……。第一、彰には恋人だっているのに……。 「俺とこいつは、何でもないから!」  俺は、新条を睨み付けて怒鳴った。 「俺は知ってのとおりホモだけど、こいつはただの仕事仲間。俺といっしょくたにして、変な目で見たら、許さないからな!」  俺は彰に、「じゃあ、今日はここで」と言い残し、その場から走り去った。  

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